考察『光る君へ』32話 『源氏物語』を読みふける帝(塩野瑛久)の表情!彰子(見上愛)の手を取り炎から連れ出した先、お互いを想う心が芽生えないはずがない
実は文才に恵まれていた伊周
土御門殿での道長主催の漢詩の会に、伊周と隆家(竜星涼)も招かれた。そこで披露される伊周作の漢詩「花落春歸路(花落ちて春は路に帰る)」。公任(町田啓太)、斉信(金田哲)、行成(渡辺大知)らは彼の野心を警戒するばかりだったが、漢詩そのものは落花が雲のように道を埋めつくす春の情景とその移ろい、そこから自らの老境へと思いが及ぶさまが趣深く、素晴らしいものだ。 このドラマでの伊周は『栄花物語』にある「心幼き人」という評価に則ってか、いかにも小物っぽい悪役として描かれるが、文才に恵まれた人物だった。『大鏡』は彼を「御ざえ日本には余らせたまへる(漢詩の教養、才能はこの日本の活躍だけではもったいない)」と記す。
俺が惚れたのは、こういう女だったのか
道長は献上した物語の感想を帝に問うが「ああ。忘れておった」というそっけない返事。 落胆する道長から帝の御心に適わなかったと聞いても、そうですかと平常心のまひろ……彼女はもう、書きたいものを書く喜びを手にしているのだから。 「それが、お前がお前であるための道か」 「さようでございます」 まひろはずっと自分の生きる意味、使命を見つけねばと歩んできた。彼女の眼差しはそれを見出した静かな喜びと自信に満ちている。 そのまま文机に向かい書く、この箇所は『源氏物語』「桐壺」の第七段だ。 光源氏12歳、元服し葵上を妻として、左大臣家に婿入りしている。気楽に里住まいもできない……というこの「里」は、妻の家・左大臣家を指す。父・桐壺帝が息子のことを愛しすぎて、しょっちゅう内裏に呼ぶので妻のもとに泊まることもそうそうないという事態。そして光源氏は、父の妻である藤壺への思いを募らせる──。 (俺が惚れたのは、こういう女だったのか……) これを読んだら、そりゃこういう感想になる。これを帝に献上するしないはともかく、とても大胆。臆せず媚びず、筆と紙を使って邁進する女だ。
「あれは朕へのあてつけか」
中宮・彰子(見上愛)の藤壺ですくすくと育つ敦康親王(池田旭陽)に、道長から投壺セットがプレゼントされた。 彰子「親王様、お礼を」 敦康「(道長に)嬉しく思う」 おお、彰子が育ての親としてふるまっている。敦康親王も、ますます彼女に懐いているようだ。先ほどまひろが書いていた『源氏物語』では藤壺の女御を、帝が寵愛した女性の遺児・光る君が恋い慕う様子が描かれているのだ。ね? 大胆でしょう? そこに突然の一条帝のお渡り! 帝からついに物語の感想が……! 「あれは朕へのあてつけか」 やっぱりそう思いますよねえ。しかし、もともと書物好きで英明な帝だけに、いらだちを覚えただけでは終わらなかった。 「唐の故事や仏の教え、我が国の歴史をさりげなく取り入れておるところなぞ、書き手の博学ぶりは無双と思えた」 実際『桐壺』は唐の楊貴妃と玄宗皇帝の悲恋を描いた『長恨歌』、宇多天皇(867年~931年)の定めた宮中に立ち入る人間についての取り決め、現世のことは前世からの因縁で現れるという仏教の思想などなどをギュギュッと詰め込み、しかし自然に著している。 『紫式部日記』にも、一条天皇が『源氏物語』を読んで「これを書いた人は日本紀を読んでいるのだろう。まことに才能があるようだね」と仰ったとある。それが紫式部の周りに小さなさざ波を起こしてしまうのだが、そのことについては恐らく33話以降に描かれるだろう。 ドラマでは「続きを読んでみたいものだ。あれで終わりではなかろう」。読者から続編希望の声が寄せられた! 手ごたえを感じ、喜び勇んでまひろのもとを訪れる道長……勢いがつきすぎて、家の主である為時(岸谷五朗)が在宅なのも目に入らずまひろの部屋に上がってしまうくらい。 この場面、彼の来訪に驚いた乙丸が「おかたさま!」ではなく「姫様!」と呼び慣れたほうで叫んでしまっているのが細かい。 「中宮様の女房にならんか」「帝が続きを読みたいと仰せになった!」 まひろが喜ぶかと思ったら、なんだそんなことかという反応に拍子抜けする道長……そりゃそうだ。彼女は現在、物語を書く喜びに浸っているのである。他からの評価は二の次だ。 そしてドラマのまひろだけでなく、『紫式部日記』からは紫式部自身が女房として出仕することを必ずしも名誉と捉えていなかったことが伝わる。 あはれなりし人の語らひしあたりも、われをいかに面なく心浅きものと思ひ落とすらむと推し量るに、それさへいと恥づかしくて、えおとづれやらず。 (趣深いやり取りをしていた友人も、女房となった私をどれほどの恥知らず、浅はかな者だと軽蔑していることかと想像して……友人に対してそう考えてしまうことさえ恥ずかしくて、連絡できない) 女房として働くことを友達にどう思われているのか、もやもやぐるぐると悩んでいる。彼女たちがそういう人間だと考えること自体、友達に申し訳ない!そう思うとますます連絡できない!というの「わかる……」と共感してしまう。 ドラマのまひろも気は進まないらしい。幼い娘・賢子(福元愛悠)がいるから……というのはある。娘も女童(めのわらわ※貴人のそばで雑用をする少女)として召し抱えるという道長からの言葉にチラリと微かな動揺を見せる、まひろ。実の父のすぐ近くで賢子が育つことができる、しかしそれは娘にとってよいことなのか、いやそれ以前に道長は気づいているのか。秘めた悩みは次第に大きくなる。
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