【本と名言365】藤森照信|「建築の条件は、…」
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。その膨大な知識と行動力で“建築探偵”の異名を持つ藤森照信先生。氏が国内外を見聞きして確信した、住まいが「建築」となり得る原点とは。 【フォトギャラリーを見る】 建築の条件は、気恥ずかしさを一時棚上げして真正面から、“美しいこと”と言ってしまいたい。 「美」とは何なのか。それは人類の永遠の問いである。人は何をもって美しいと感じるのか、そんなホモサピエンスの根源にも迫るテーマを、藤森先生は建築史の文脈で解いてくれている。 まず、「住まい」と「建築」は違うということ。郊外住宅地の光景に溢れる住宅やマンション群は、果たしてどれほど建築の部類に数えられるのか。それが“実用性だけの住まい”ならば「建築の仲間には加えたくない」と、藤森先生は語るのだ。 誰かが設計した訳ではなくても、かつての草葺の農家や瓦屋根の町屋がきちんと「建築」になっていたのは、目に心地よく写り、美しかったから。屋根の形や縁側の付き方、窓の開き方などに秩序があり、その建築的秩序が周辺の環境と統一を保ち、そこから“無意識の美”が生まれていた。木や土や石、草などの建築材料はすべて野山や川から調達されたものだから、周辺の景色とも決して乖離することはない。 だから、建築とは視覚的秩序を保つことであり、それはすなわち「美しいこと」なのだ、と(ちょっと照れながらも)真正面から断言している。 先生曰く、新石器時代、日本でいう縄文時代なのか、自然界の秩序を見て安心し、美しいと感じる能力を身に付けた太古の人類が、その能力を住居へと向けたのが「人類最初の建築」なのではあるまいか。考古学的ロマン溢れる説だ。 美しさを感じる源となる「自然界の秩序」は、先生の作品の根幹にもなっているのだろう。杉を焼いて焼杉の壁板を作り、土壁を塗り、屋根に芝やニラを植える。だから一見、「えっ」と目を見張る奇想天外な姿をした建築たちも、その土地の風景と調和し、溶け込んでいく。そして我々が太古の時代から受け継ぐ “美しいと感じる能力”を刺激してやまないのだ。
ふじもり・てるのぶ
1946年長野県生まれ。東京大学名誉教授、工学院大学特任教授。「東京都江戸東京博物館」館長。近代建築史研究を経て1991年、45歳の時に「神長官守矢史料館」を設計し建築家の道へ。97年には盟友・赤瀬川原平氏邸「ニラハウス」で日本芸術大賞を受賞。2020年「ラ コリーナ近江八幡 草屋根」で日本芸術院賞を受賞。地上6mの2本の木の上に建てられた「高過庵(たかすぎあん)」、ワイヤーで吊られた「空飛ぶ泥舟」といった茶室シリーズなど、ユニークで視覚的インパクト大の作品を発表。自然素材を用い、景観と親和性を生む建築は世界的評価を受ける。建築業者が敬遠する工事も自ら行う素人建築趣味集団「縄文建築団」団長。
photo_Yuki Sonoyama text_Yoko Fujimori illustration_Yoshifumi...