黒沢清×菅田将暉、映画『Cloud クラウド』が描く「現代」という恐怖
Kiyoshi Kurosawa
1955年、兵庫県生まれ。立教大学在学中より自主映画の製作を始める。97年の監督作『CURE』が国内外でブレイク。『岸辺の旅』(2015年)が第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞、『スパイの妻〈劇場版〉』(20年)が第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。24年は『蛇の道』『Chime』『Cloud クラウド』と3作品が連続で公開された。
社会の闇を描くという「覚悟」と「エネルギー」
──インターネットで世界が繋がっているように見える一方で、たとえばお隣の韓国では、貧困や格差が切実な問題で、それが、『パラサイト 半地下の家族』(2019年、ポン・ジュノ監督)を筆頭に映画にも直接的に反映されていたりしますね。実際に、日本では作りにくい、暴力を含めた日常性の高いアクション映画も多く作られていますね。 黒沢 僕はその違いって、社会構造の違いにあるのではなくて、作る側の心意気にあると思うんですよね。韓国映画が素晴らしいなと思うのは、その格差や貧困という社会的な暗部を隠さずテーマとして見出し、そこに映画としてのおもしろさも必ずあると信じている。韓国の優れた映画人たちは、懸命に探して、切磋琢磨して(映画化を)実現しています。日本だって、本気で頑張ればいろいろテーマがあるはずなんですが「そんなことしても(興行的に)当たらないよ」とか「当たるのはこういう作品だ」と高をくくっちゃっている。自分が好きなものだけを作れている人はそれでいいかもしれませんが、でも、韓国は本気だな、という気がします。テーマ性とエンターテインメントとしてのおもしろさが共存したものが今日でも作れると、ものすごい強い覚悟で挑んでいるんだと思います。 菅田 去年、韓国のネットフリックスシリーズ「寄生獣─ザ・クレイ─」に参加したんです。驚いたのは、みんな、すごく元気なんですよ。スタッフたちのバイタリティもすごくて、なんでこんなにエネルギッシュなんだろうって感心しました。ちょっとバカみたいに聞こえるかもしれませんが、そこにいる全員がめちゃくちゃ食べるんですよ。だからこんなに元気なんだろうなって思いました。僕は節制したわけでもなく普段どおりに食べていたら、「菅田くん、食べてないじゃない。病気か? 元気ないのか」って言われて、「もっと食べな」ってみんなに言われました。その根源的なエネルギーみたいなのは、何をするにしても感じました。国民性といっていいのかわかりませんが、映画作りにしても、体力的なエネルギーに圧倒され、僕自身がすごく貧弱に感じたんです。 ──物語でも重要なモチーフである「転売ヤー」や「闇サイト」に関しては、監督はリサーチされたのでしょうか? 黒沢 深くリサーチしてこれに行き着いたわけではないんですけど、転売ヤーに関しては、僕の知り合いにたまたま転売ヤーがいたんです。転売ヤーは、世の中では悪辣なイメージがあるかもしれないんですけど、少なくとも僕の知り合いは本当に真面目な人間なんです。ちょっとは悪いことをしているという認識もありながらも、組織の中でやっていくことができないので、なんとかひとりで生活していくために仕方なくそういう仕事に手を染めている。褒めるわけではないですが、やっている仕事量はすごいですよ。ほかのバイトしたほうが楽なんじゃないかと思うんですけど、ひとりでやれるっていうこともあって一生懸命やっていた。この健気な感じと後ろめたい感じと、当たったら大きいかもしれないというちょっとした野望もあったりという、この複雑さがすごく現代的だなと思ったんですね。吉井を襲う集団、ネットを通じて不特定多数が集まって犯罪を犯すという話は、たまたま同じような事件が実際にあり、新聞などで記事にもなっていましたし、本も確か出ていたと思います。 菅田 転売ヤーは、あれだけの労力をかけられるんだったら確かにほかにも何かできるんじゃないかって、演じていても思いましたね。本当にたいへんな仕事です。それに、フィギュアが欲しくて並んでいる人々の列に割り込んで買い占めて、心が痛まないわけはないので、メンタル的にもかなりキツイと思うし。吉井の場合は、窪田正孝さん演じる村岡という先輩の影響も大きいと思いますが、別の出会いがあれば、違う人生の可能性もあったのではないかと思うと複雑ですね。 ──吉井には共感できますか? 菅田 共感はしないけれど、気持ちは理解できる部分はあります。ただ、悪に染まることは環境のせいにもできない。そこも含めて、自分の選択だし、自己責任だとは思います。