「クリエイティブってなんだべ」の初プレゼン。感涙の『気仙沼漁師カレンダー』第1作が完成!
プロデューサーの寝言
「すみません、すみません、すみません!」 謝罪の声が響いたのは早朝5時だった。 船上などの撮影現場ではない。気仙沼の唐桑地区に位置する民宿「唐桑御殿つなかん」でのこと。「唐桑御殿つなかん」は、名物女将の菅野一代が切り盛りしており、菅野もまた「気仙沼つばき会」のメンバーだった。静かな朝に響いた声は、プロデューサー・坂東美和子の寝言である。 「坂東さん、坂東さん、どうしたんですか?」 クリエイティブディレクターの笠原千昌が、謝りながらうなされている坂東に気づいて声をかける。 「すみません!」 坂東がもう一度叫ぶと自分の声でようやく目を覚ました。女性同士で同部屋だった笠原が笑っている。襖1枚を隔てた隣りの部屋では、アートディレクターの吉瀬浩司も笑いをこらえている様子だ。 「どうしたんですか?」 笠原がもう一度聞く。坂東は、ようやく現実の世界に戻れたことに気づき、ほっとして、胸をなでおろした。夢のなかで藤井保に怒鳴られていたのだ。藤井の怒りの理由は、香盤表が真っ白で、その日の撮影予定がなにも決まっていなかったから。 夢で本当によかった。坂東はもう一度、胸をなでおろした。 2012年11月から、撮影が始まっていた。できることをしよう。心のうちでそう誓った坂東ではあったが、漁師の撮影は、普段の仕事とはあまりにも勝手が違っていた。 たとえば、撮影前日の夜までに、どうにかして香盤表が作れたとする。ところが、天候判断などの理由で、前日に組んでいた予定が変更となってしまう。 天候判断で撮影ができなかった漁師をAさんとすると、Aさんの次の候補日には既にBさんを撮影する予定だ。だが、Aさんはこの日のこの時間しか無理だという。Bさんに謝って別の候補日を調整してもらう。けれど、Bさんの次の候補日には、既にCさんの予定がある……そんな具合。 まるで、ピースが欠けていて絶対に完成しないパズルを必死で完成させようとしているかのような作業。撮影の直前まで、何度も書き替わる香盤表。夢だけでなく現実の世界でも、坂東は何度も藤井に頭を下げた。 天候判断における勝手の違いもあった。 クリエイティブチームからすると、多少の天候不順ならば撮影したいのが本音だった。 しかし、海のことは漁師の判断にすべてが委ねられる。とくに船頭と呼ばれる人たちの判断は絶対だった。船頭とは、漁撈長とも呼ばれる船内の最高責任者であり、漁師としての腕のたしかさと仲間を束ねる胆力がなければ務まらない仕事だ。〝頭〟であり〝長〟。漁師の世界のトップである。 正直な気持ちでいえば、坂東は彼らの絶対を当初から信頼していたわけではなかった。天候不順により順延となったとしても(今日は撮影できたのでは?)と内心で思っていたこともあった。けれど、坂東の予想は、ことごとく外れる。船頭の天候判断は常に的確だったのだ。いかに自分が海の世界の素人であるかということに気づかされた。