システムの中で生きる「個人」の苦しさや淋しさを書く
実名報道と“澤イズム”
塩田 先ほどノンフィクションの力という話をしましたが、僕はフィクションを書くからこそノンフィクションの重要性を感じています。虚と実は表裏一体で、「実」の足場なしに、「虚」を作り上げることはできません。今、「調査報道大賞」の選考委員をしているのですが、この賞の実行委員長であり、早稲田大学教授の澤康臣さんが、『英国式事件報道』という本で、実名報道について書かれています。英国では実名報道が基本だと。一方、僕も元記者なのでよくわかりますが、日本では難しい。でも、本作には実名が多く登場しますよね。すごいことだと思いました。取材していくうちに諦めて匿名にしたり、功を焦って手を抜いたりしがちなんだけど、窪田さんは粘って粘って実名にされたんだろうと。窪田さんのような足腰の強い信用できるジャーナリストが、日本には必要だと思いました。AIやメタバースなどが広がるテクノロジー時代には、対照的な「実」の価値がますます高まるはずだとも、僕自身は考えています。 窪田 ありがとうございます。実は最初の段階で参考にしたのが澤さんの本でした。僕が読んだのは幻冬舎新書(『事実はどこにあるのか』)でしたが、一つのベースになりました。 塩田 “澤イズム”があったんですね。それはうれしいですね。 窪田 実名を出すにあたっては公益性を考えましたし、この作品が評価されるにはどうするべきかも考えました。それから今振り返ると、自分自身に課した厳しさでもあったと思います。 塩田 ジャーナリズムの目的っていろいろありますが、一つには記録性があると思います。優れたジャーナリズムは後世の人の役に立ちます。この素晴らしい本をたくさんの人に読んでもらいたいし、同世代としては、これからの活躍も楽しみにしております。 窪田 今日はお話しできて光栄でした。ありがとうございました。 窪田新之助 くぼた・しんのすけ●1978年福岡県生まれ。 明治大学文学部卒業。日本農業新聞で国内外の農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。著書に『GDP4%の日本農業は自動車産業を超える』『データ農業が日本を救う』『農協の闇(くらやみ)』『誰が農業を殺すのか』(共著)など。 塩田武士 しおた・たけし●1979年兵庫県生まれ。 関西学院大学卒業後、神戸新聞社に勤務。2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。著書に『罪の声』(山田風太郎賞、週刊文春ミステリーベスト10第1位)『騙し絵の牙』『歪んだ波紋』(吉川英治文学新人賞)『デルタの羊』『朱色の化身』『存在のすべてを』(渡辺淳一文学賞)など。 [文]砂田明子(編集者・ライター) 構成=砂田明子/撮影=徳山喜行 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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