システムの中で生きる「個人」の苦しさや淋しさを書く
ノルマは人を数字に変えてしまう
窪田 私は大学卒業後、JAグループの「日本農業新聞」に就職し、その後フリーになって、日本の農業の仕組みの問題を追究してきました。前作の『農協の闇(くらやみ)』(講談社現代新書)を書いたときに、農協のシステムに苦しむ人がいることに気づいたんです。構造的な腐敗があり、厳しいノルマがある中で、しかし苦しまなかった人がいた。それがJA対馬の西山です。JAの共済(保険)事業の営業マンをLA(ライフアドバイザー)というのですが、LAとして日本一の実績を誇り、年収は4000万を超えることもあったという。人口約3万人の離島でなぜそれほど圧倒的な実績をあげられたのだろうか、という疑問が、取材の出発点でした。 それで彼の死後、現地に行くんですが、まず長崎地裁に行って裁判資料を読んでいると、義理の母親のことがけっこう出てくるんです。 塩田 ああ、第一生命のトップセールスレディーだった人ですね。 窪田 そうです。彼女が西山に営業の仕方を教え込んだと書いてあって、何か怪しいなと。で、対馬に行って実際にお会いしてみると、とんでもないオーラを持ってらっしゃる方で……。 塩田 彼女が車椅子で出てくると、周りはぴたっとしゃべるのを止める。あの場面、すごく印象的でした。 窪田 そうなんですよ。家族に何かあったのかな、というところから始まり、取材を進めると行く先々に興味深い方がいらっしゃる。気づいたらこの事件にどんどん入り込んでいたという感じですね。 日本農業新聞という組織で記者をし、その後独立した私は、システムと個人という対比をずっと考えてきました。長年、農協のシステムについて勉強してきて、この本でようやく、システムの中で生きる「個人」の苦しさや淋しさを書けたかなと思っています。 塩田 本当にそうですね。この本をどう読むかを考えたときに、大きく6つのポイントがあると思ったんです。第一に、最初にお話しした構成の魅力ですね。それからJAという組織やシステム、数字と金、不正の手口、西山義治という人間、そして、個人とシステムの崩壊について。 まずJAの構造的な問題があります。その一つがノルマで、自身や家族を必要以上の共済に加入させる「自爆営業」が日常的に起きていたと書かれている。ノルマというのは人を、数字に変えてしまうものです。人間性を奪い取って、人を単なるデータとして見てしまう。西山は職場で「西山軍団」を結成していましたが、死後、みんなすごく冷たいですよね。 窪田 そうなんです。 塩田 数字と金でつながる人間関係はそうなってしまうんですね。仕事というのは、やはり人と人でするものだと感じました。それから「LA甲子園」。全国の優秀なLAが都内のホテルに集められ、女優さんはじめ著名人が集まる華やかな会で表彰される。この仕組みも危ないと思いました。LAたちは個人にかかるノルマに加え、「地方」を背負わされるわけですよね。 窪田 そうなんです。システムが人間を、家族を、地域社会を狂わせていく恐ろしさは、この本で伝えたかったことの一つです。 塩田 周辺からお金を吸い上げて、一部の人だけが潤うJAのシステムって、今の日本社会の縮図のようにも感じます。