イーストウッド作品が映画会社から捨てられた訳 94歳巨匠の最後の作品をまるでバックアップせず
主人公ジャスティン(ホルト)は、アルコール依存症から更生し、妊娠中の妻と平凡な毎日を送るジョージア州の男性。ある殺人事件の裁判に陪審員として召喚されると、出産日が間近で不安を抱えている妻のためにも早く終わるよう願いながら、渋々出廷する。 容疑者の男性は、被害者の恋人。判決はあっさり出るだろうと思われたのだが、事件の詳細を聞くうちに、ジャスティンは、誰も知らない事実を自分が知っていることに気づく。しかし、自分の身を守るために、それを口にすることはできない。
■製作予算もしっかりかけたが… モラルの葛藤がテーマのこの映画は、イーストウッドらしく、ストレートで無駄がない。大人向けのしっかりしたドラマだ。メジャースタジオ映画としては決して高くはないが安くもない3000万ドルというまともな製作予算を出したことを見ても、ワーナーも作る価値はあると思ったのだろう。なのに、なぜこんなことになったのか。 「Variety」によれば、『Juror #2』は最初から配信用作品として製作されたのだが、テスト上映の結果が良かったため、オスカーの資格を得られるよう限定での劇場公開を決めたのだということ。その一方で、オスカーで大健闘することはないだろうとも判断されたようだ。キャンペーンにお金をかけないのは、それが理由のようである。
そう聞いても、今ひとつ納得がいかない。オスカーに入れるようにはしておくが、サポートを一切しないというのは、スタジオとフィルムメーカーの関係においてかなり異例だ。 ワーナーは伝統的にフィルムメーカーを大事にするスタジオで、中でもイーストウッドは神様のような存在だったのだから、なおさらである。それに、ずっとビッグスクリーンで映画を作ってきたこの巨匠の新作を最初から配信にするというのは、腑に落ちない。『Juror #2』の製作が決まった時の業界メディアの報道を見直しても、配信直行として作られるという記述はどこにも見られない。