冷戦終結後のアジアと日本(5) 「地域研究」の可能性―歴史を踏まえた中国分析:天児慧・早大名誉教授
中華人民共和国の建国50周年(1999年)と3冊の新書
青山 1999年は中華人民共和国の建国50周年で多くの中国関連の著作が刊行されました。 天児 この時期、中国政治研究で言えば小島朋之さんがおられて、私より下の世代に国分良成さんがいました。私も含めて3人は中国政治研究においていい意味でライバル関係のような状況でした。 1999年度、私は実はサバティカル(長期在外研究)でアメリカにいたのですが、編集者から連絡があって、(中華人民共和国)建国50 年を記念して新書を出してくれという依頼があったのです。いい話だと思って、私も「やりましょう」と答えて、それが『中華人民共和国史』(岩波新書、1999年)という本になり、現在も読まれています。でもその同じ年に小島さんが『中国現代史―建国50 年、検証と展望』(中公新書、1999年)を、国分さんが筑摩書房から『中華人民共和国』(ちくま新書、1999年)という新書を出した。ライバル関係にあった3人が建国50年という1つの節目に、一気にそれぞれ本を出したのです。これは非常に象徴的だったと思います。
地域研究の確立とその課題
青山 先生ご自身、学問的に克服すべき課題はどこにあるとお考えでしたか。 天児 私の学問的課題は、やはり社会科学としての地域研究を何とか打ち立てていけないか、という点です。ただ、これはなかなか完成しません。それまでの地域研究、アジア研究、中国研究は、結局のところ歴史研究。あるいは資料を集めて、その資料の中で言えていることを描いてまとめることが非常に多かった。それに対して、社会科学としての地域研究を打ち立てられないか、と思ったわけです。その地域を研究するためには、政治学も、経済学も、社会学も、文学も、思想も、さまざまなディシプリン(研究領域)を取り込まないといけないわけです。 もう一つの課題は、中国研究に存在していた政治的な対立の克服でした。親中国派と反中国派といった色分けがなされ、中国研究は政治的に判断されていました。正しい中国研究か、正しくない方かというふうに。研究者としては、これは非常にきつい話です。私はそれを何としても克服し、学問としての中国研究をやらなきゃいけないと思っていました。