冷戦終結後のアジアと日本(5) 「地域研究」の可能性―歴史を踏まえた中国分析:天児慧・早大名誉教授
中国脅威論と中国エンゲージ論
青山 この時期の研究課題は、やはりASEANの役割などのアジア地域統合、また日中関係、中国の国内問題などだったのでしょうか。 天児 はい。そうした課題のほかに、1990年代ですから「中国脅威論」がテーマとして少しずつ浮上していました。私も「中国は脅威か」というプロジェクトをある研究所で作り、研究を進めました。この頃の「中国脅威論」は、現在のような中国の存在そのものを脅威とする脅威論とは異なり、近い将来、中国は脅威になるかもしれないという脅威論でした。それでも、それが大きなイシューだったのです。 青山 当時の先生ご自身の研究課題はいかがでしたか? 天児 私個人は、中国の政治体制をいかに理解し解釈するか、という点に関心がありました。天安門事件で、一回政治的な引き締めがなされましたが、それが少しずつ緩んで、胡錦濤・温家宝体制が始まろうという時期になると、もしかしたら中国の経済発展がこのままうまくいけば、政治的な改革、民主化へと向かっていくかもしれない、という期待を込めた予測が出てきて話題になりました。私はそういうことについてのものを書いていました。 青山 「エンゲージメント」が一番期待された時期ですね。現在では、エンゲージメント失敗論が主流になっています。政治体制の視点から見ても、中国は民主化に失敗したということになるのでしょうか。 天児 2010年前後までは、エンゲージメント論の時期だったでしょう。中国の民主化が失敗だったと言えるかどうか分かりませんが、要するに中国という国にはわれわれ普通の国の構造とは違って、やはり中国の伝統的な社会が作り上げた一つの体系というのがあって、その体系がなかなか変わっていかない、あるいはなかなか新しいものを取り入れていかないということなのだろうと今は思うのです。 しかし、われわれが当時中国を見ていたときは、欧米的な「政治変動論」だとか、「社会変動論」のフレームを使いながら、中国も徐々にではあるが変わっていくだろうという見通しを立てていたわけです。実際に胡錦濤政権期の2010年頃までは、そういう流れが作られつつあるのかな、と感じていたのです。それが習近平の登場によって壊されてしまったというか、習近平が出てくるということを念頭に中国の政治体制、政治思想などを見ておかなければならなかったのだと思います。そこの見方が甘かったと私は思います。