NASAが火星ヘリ「Ingenuity」最終飛行時に起きたアクシデントの調査を完了 史上初“地球外航空事故”調査
しかし、ナビゲーションシステムには限界がありました。地表に目立つ特徴が少ない場所では正確な情報を得ることが難しくなるのです。前述の通りIngenuityのミッションは30日間で5回飛行する計画でしたが、運用実証へと進んだミッションは3年近くも続きました。その間にIngenuityはPerseveranceとともにクレーター内を移動しており、2024年1月の時点では比較的特徴が少ない傾斜した砂地に来ていたのです。 JPLによると、72回目の飛行で高度12mまで上昇したIngenuityは離陸から19秒後に降下を開始し、32秒後に地表へ到達しました。しかし、飛行中に送信されたデータは離陸から約20秒後の時点でナビゲーションシステムが十分な特徴を見つけられなかったことを示しており、飛行後に撮影された画像は着陸時の水平方向の速度が高かったことを示しているといいます。 こうした情報をもとに、JPLはIngenuityの72回目の飛行で起きたアクシデントについて、最も可能性が高いシナリオとして以下の内容を示しています。ナビゲーションシステムからの正確な情報を得られなかったIngenuityは強い衝撃を伴って砂地に着陸し、機体には縦揺れと横揺れが生じます。揺れによる急激な姿勢の変化は高速で回転していたローターブレードに設計上の限界を超える負荷をかけることになり、4枚のブレード全てが最も弱い部分(先端から3分の1程度)で折損。回転中のブレードが損傷したことで過剰な振動が引き起こされ、ブレードの1枚が根元から引きちぎられるとともに、過剰な電力需要が生じて一時的に通信が途絶えたとみられています。
実はまだ眠ってはいないIngenuity 今も週1ペースでデータを送信中
火星での動力飛行を実証するというミッションを終えたIngenuityですが、ローターブレードは損傷したもののシステムはまだ機能しており、JPLによれば天気のデータや電子機器のテストデータを1週間に1回程度のペースでPerseveranceに送信しているといいます。 火星の“1年”は地球の2年に近い687日間。3年以上の時間を火星で過ごしているIngenuityは、すでに一度冬を越しています。Ingenuityのプロジェクトマネージャーを務めるTeddy Tzanetosさんは「コストを抑えつつも膨大な計算能力を求められたIngenuityは、市販されている既製品の携帯電話用プロセッサーを深宇宙に送り込む初のミッションになりました」「継続的な運用が4年に迫りつつある現在、過酷な火星の環境で機能させるためのものを大きく、重く、放射線により耐えられるようにする必要があるとは限らないことを示しています」とコメントしています。 その一方で、Ingenuityの先を見据えた研究も進められており、TzanetosさんはSUVほどの大きさがある火星探査用の回転翼機「Mars Chopper(マーズ・チョッパー)」を提案しています。Mars Chopperは6枚のブレードを備えたローターを6基搭載し、重量はIngenuityの20倍ほど。最大5kgの科学機器を搭載して1ソル(※)あたり最大3kmの飛行が可能とされています。 ※…1ソル(Sol)は火星の1太陽日、約24時間40分。 また、土星の衛星タイタンを探査する「Dragonfly(ドラゴンフライ)」ミッション(2028年7月打ち上げ予定)では、8基のローターを備えた回転翼機型の探査機がタイタンの空を飛んで移動する計画です。十分な重力がある天体の表面では車輪で移動する方法を選べるようになったのと同じように、今後の宇宙探査では十分な大気を持つ天体での移動方法として飛行を選ぶ探査機が増えていくはず。その先例であるIngenuityは、最後の飛行で起きたアクシデントも含めて重要な知見をもたらしたミッションとなりました。 Source NASA/JPL - NASA Performs First Aircraft Accident Investigation on Another World
sorae編集部