言うことを聞かない、故意に人を苛立たせる…一教室に4~5人は存在する「ADHD」は「発達障害」なのか?
多動児であふれる教室
しかしながら、今日の日本で、小学校に実際に出かけて低学年の教室を覗くと、30~40人のクラスの中で、授業中にうろうろと立ち歩いたり、前後の生徒にちょっかいを出したりを繰り返す「多動児」が、4~5人ぐらいは存在するのが普通である。いま日本の学校は地域を問わず多動児であふれている! 噓だと思う方は、ぜひ、地元の学校の見学をお勧めする。そうすれば学校で教師がどれだけ大変な仕事をしているのかもすぐに理解できるであろう。 繰り返すがそのすべてが不適応を来すわけではなく、子どものADHDの罹病率は、わが国においては3~5パーセントというところだろう。先にすでに述べたように、幼児期からあまりにも深刻な問題を伴う多動を呈する児童は、実はADHDよりも高機能広汎性発達障害であるものが圧倒的に多い。 広汎性発達障害とADHDとでは診断の軸が違うので、両者が一緒にあってもまったく問題はないわけであるが、これもすでに述べたように、国際的診断基準では診断の優先順位が決められており、このような場合には広汎性発達障害が優先診断となる。社会性の問題を持たない純然たるADHDの場合、問題行動が顕在化するのは大部分学童期になってからである。もう一つ大きな問題は、子ども虐待によるADHD様症状であるが、これは『発達障害の子どもたち』第7章で詳細に述べる。
歴史的経緯
ADHDはわが国では発達障害症候群の一つとして以前から考えられていた。しかし国際的診断基準ではADHDは発達障害の範疇ではなく、破壊的行動障害(DSM‐Ⅳ)あるいは行動および情緒の障害(ICD‐10)におかれ、行為障害(非行)などと同じグループに含められている。 これには歴史的な経緯がある。多動性行動障害に関する最初の学術誌への記載は100年前で、その当時から多動や衝動性に加えて、攻撃的、反抗的ということが記載されていた。当初注目されたのは脳炎後遺症としての性格変化であった。 その後、1950年代を過ぎると、微細脳機能損傷(MBD)という概念でまとめられるようになった。粗大な脳へのダメージは、知的障害やてんかんを引き起こすが、微細なダメージは多動と集中力の障害を主とする性格変化や行動の障害をもたらすという考え方である。つまり最初から非行行為や攻撃的な行動をもたらす性格の病理が中心に考えられていたのである。 ところが70年代になると、脳の損傷の証拠が見つからないという事実から微細脳機能障害と呼称が変わった。その後、80年代には、こういった証明されていない病因にもとづく診断ではなく、症状のみを中心に取り上げ診断を行うという考え方が主流となり、注意の障害と多動が注目されて今日のADHDという概念にまとめられたのは1987年のことである。 現在では今日の脳科学の進展によって、ADHDの症状の背後にはドーパミン系およびノルアドレナリン系神経機能の失調があることが明らかとなっている。また物事の予定や予測的な行動を組み立てる能力である、実行機能と呼ばれる大脳前頭葉の働きの一部に、弱いところがあることも示された。 ADHDは発達障害であろうか。『発達障害の子どもたち』第2章で述べた新しい発達障害の概念に照らし合わせたとき、ADHDはそのすべてを満たしていることに気づく。 ADHDを発達障害に含めることは何よりも治療、教育的に有意義であると思う。2005年の「発達障害者支援法」では発達障害の中にADHDを明確に含めていたが、これは世界をリードするわが国の先取性を示すものといえる。 * さらに【つづき】〈案外知らない、ADHDの子に生じてしまう「二次的問題」や「後遺症」…「ADHDの子」と接するときの「バカにならない工夫」〉では、ADHDの人への特徴や、対応のコツなどをくわしくみていきます。 ※本書で取り上げられている事例は、公表に関してはご家族とご本人に許可を得ていますが、匿名性を守るため、大幅な変更を加えています。
杉山 登志郎