「最後まで折り合いはつかなかったですね」インターハイ3冠も大学を1年で退学…陸上“歴代最強”高校女王が振り返る「過去の栄光との葛藤」
北京世界陸上4×400mリレー日本代表の石塚晴子。2015年のインターハイ女子400mHで29年ぶりに高校記録を塗り替え、400m、4×400mリレーと合わせて3冠を達成。高校生ながら世界選手権の代表に選出された。高校女王の座に立ち、将来を期待された若手ロングスプリンターは大学進学後、その調子を狂わせていくことになる。引退した27歳の彼女が明かす、当時の葛藤とは――。《NumberWebインタビュー全3回の2回目/つづきを読む》 【写真】「えっ、何頭身なの…?」18歳の石塚晴子選手の長~い手足とバキバキの腹筋&企業で採用担当も務める27歳現在のOL姿…高校時代「5冠」を目指したインターハイでの激走シーンもあわせて見る(30枚超) 2016年春、東大阪大に進学した石塚は、5月のゴールデングランプリ400mHで、ジュニア選手初の56秒台(56秒75)をマーク。自身のジュニア日本記録を塗り替え、日本歴代7位にランクインした。6月のアジアジュニア選手権では、400mで銅メダル、400mHで金メダルを獲得。 「歴代最強」とも言われた高校女王は、順調にステップアップを遂げているように見えた。しかし、本人はそう思っていなかったようだ。 「正直、当時は高校の貯金で走れているような状態で、大学に入ってからの結果だとはあまり感じていないんです。実際、私の自己記録のほとんどが大学1年の5、6月で止まっていますから」 高校から大学に上がった石塚が戸惑ったのは、試合数の多さだった。従来の記録会や学校対抗戦に加えて、グランプリシリーズ、日本選手権、海外遠征といったレベルの高いシニアのレースが増えていった。 「それも結果が求められる試合ばかり。高校生の頃はみんなで一緒に試合に出ることがほとんどだったのに、他の部員とはスケジュールや目標も違うので、何となくすれ違いを感じていて。孤独感を覚えることも増えていきました」
高校時代と「同じ感情にはなれなかった」
当時はちょうどリオ五輪シーズン。リレー種目の出場権は、前年の世界リレー入賞国と世界ランク上位8カ国に与えられる。国内では出場権獲得を目指して、複数の特別レースが設定され、前年の世界選手権代表の石塚も招集されていた。 しかし、周囲の期待とは裏腹に、五輪出場という目標に一途になれない自分もいたという。 「もちろん目標として口にはしていたけれど、インターハイ優勝を目指しているときと同じ感情にはなれなかった。自分の意思とは違う努力が求められることに、しんどさが募っていきました」 五輪代表候補としての特別レースに、世界U20選手権、国体、日本ジュニア……年間80本以上のハイレベルなレースを重ねる中、徐々に身体と心が削られていくのを感じていた。加えて、対校戦ではエースとして得点を稼がなければならない。 周囲に求められる立場の重さ、チームメイトとのモチベーションの乖離。トップ選手ゆえの孤独を深めていった。 転機となったのは、大学1年の冬。大阪陸協の育成プログラムの一環で、ドイツ遠征に参加したことだった。 「選手と指導者がフラットな関係でディスカッションしている様子や、選手のパフォーマンスを第一とした環境にすごくワクワクしたんです」 裏を返せば、当時の石塚はそういう状況にはなかった……ということだ。 あまりのハードワークが祟ったのか、シーズン途中に座骨結節を損傷。しかし、自分の意思に反して試合に出場しなければならないことも多く、怪我をかばいながら走るうちに、腰までも痛めてしまった。 「周囲に身体が痛いと訴えても、病院を紹介してもらえるわけでもなく、逆に『できることはやったほうがいい』とまで言われて。私の高校3年間を見てきても、まだ練習をサボると思われることがすごくショックでした。自分自身の意思や身体を尊重してもらえない現実が、辛かったですね」 一方、ドイツのコーチやドクターに怪我の状況を伝えると「こんな身体で試合に出るなんて」「ちゃんと休んでほしい」と口々に心配された。 「練習が終わった後には『ハルコが怪我なくできてよかった』と目に涙を溜めて言ってくださる人もいて。ああ、大切にされるってこういう感じなのかって思ったんですよね。 大学には推薦入試で合格して学費も出してもらえて、『陸上をさせてもらっている』という引け目もありました。でも、それが自分のやりたいこととはあまりにも違うなって改めて感じて。自分の陸上を一緒に探求できるコーチと共に頑張りたいという気持ちになったんです」
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