〈没後22年〉政治家・石井紘基は誰に殺されたのか? 彼が知った「日本がひっくり返るくらい重大なこと」とは?
真実はいつか伝わると信じていた
父親を事件で亡くすという、苛烈な体験をした石井ターニャ氏。表舞台から遠ざかり、長く沈黙を守ってきたが、今回の本の対談では事件前後の状況や、20年来秘めてきた思いを打ち明けている。父の名を冠した本の出版にあたり、どのような思いで、泉氏との対談に応じたのか。 石井 あの日から、今年の10月で22年が経ちます。今日、紀藤先生が持ってきてくださった『石井紘基その遺志を継ぐ』(明石書店、2003年)という本。これは父が亡くなったときに、関係者の文集みたいな形で出されたものですけれども、、この文集を除けば多分、「石井紘基」という名前のついた本は、父亡き後、今回の本が最初です。 そういった本が出るということは本当に……、実は今、母(ナターシャさん)が病を患ってしまいまして、今年の3月頃、もう駄目かなという場面があったんですけれども、そこから今、なんとか持ち直しています。母がまだ元気というか、会話できるうちに、この本も見せてあげれたらということで、いろんな意味で思いが詰まっている本です。 先ほど泉先生が、61歳で、父が亡くなった年になったとおっしゃって、私も、父が政治の世界にチャレンジした頃の年齢になりまして、物の見かたが年齢とともに変わってきたということ。そして今回の本でもいろいろ質問がありましたが、政治との関わりとか、父の残したものをどうやって皆さんに継いでいったらいいのかなとか、いろんな葛藤や悩みがありました。 父が亡くなってすぐの時は、偏向報道というか、事実が正しく伝えられていなくて、人知れず悲しんだり苦しんだりしてきたんですけど、それでも私は信じていたんです。心の中で、「真実は必ず明らかになるんだ」と。父の仕事に誇りを持っていました。 父も生前「死んでから自分の仕事を理解してもらいたい」と言っていたので、父が国民のために心血注いで命をかけた仕事には、必ず光がさすとの信念がありました。それが今、泉先生のたいへんな御活躍の中で、こういった本を出していただいて、実を結ぶ時がきたのだと。