感染対策に憲法改正は必要かーー日本はなぜ「自粛」、緩さの背景にあるもの
新型コロナウイルス感染症などのパンデミック対策として、憲法に緊急事態条項を追加する改正の議論が活発になってきた。憲法改正なしにパンデミック対策はできないのか、憲法改正の議論はどう進めるべきなのか。京都大学法学部教授(憲法学)の曽我部真裕氏に聞いた。(フリーライター・神田憲行/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
現憲法下で、私権の制限はすでに行われている
ーー憲法改正を行ううえで重要な法案である「改正国民投票法」が今国会で成立しました。また日経新聞の世論調査によると、7割超の回答者が改正を「議論すべきだ」と肯定的でした。改憲の議論が本格化しそうです。 「コロナ禍の前から世論調査では憲法改正について肯定的な数字は高いです。ただそれは改正すべきかどうか聞いたから答えているだけで、一般的に国民の憲法への関心は低いと思います。政治家にしても改正に興味があるのはごく一部で、他の政治家はそのごく一部の同僚が熱心だからそれを尊重しようか、ぐらいのものだと思いますけれどね」 ーー政府は憲法に緊急事態条項を創設しないと、強い私権制限ができず、コロナ対策も打てないという姿勢です。そもそも「私権」とはなんですか。 「法律学の解釈ではあまり重要なキーワードではありません。基本は民法上の権利を指す言葉ですが、多義的に使われることもあります。コロナ対策では選挙権など『公権』以外の、たとえば営業の自由とか表現の自由を含むいろんな自由や権利の総称として使われています」 ーー緊急事態条項がないと、本当に私権の制限はできないのでしょうか。 「そんなことはない。現に時短命令とか酒類提供禁止とかやってるじゃないですか。コロナ対策とは関係ないところでいえば、土地利用の制限などが行われているし、私が住んでいる京都では景観条例で建物を好きな色に塗ることはできません。移動の自由に関していえば、かつてジャーナリストの旅券の返納が命じられたことは大きなニュースになりましたよね」 ーーすると政府が想定する緊急事態条項がないと制限できない権利・自由とはなにか、という疑問がおきます。菅首相は記者会見では問われても答えませんでした。あえてそういう権利・自由を想像するとなにがありますか。 「うーん、たとえば令状なしで家宅捜索できるとか、憲法に書いてある人権保障を一部解除するような内容だとか、法律で定めなければならないことを政令で規定できるといった内容だと、憲法改正は必要になると思います」 「緊急事態として考えられるのはひとまず三つあって、安全保障、災害対策そしてパンデミック対策です。それぞれ現行憲法でどこまで可能なのか、緊急事態条項を追加することで可能になるのか、それは対策として本当に必要なのか、シミュレーションして洗い出したうえで議論しないといけない。そのうえでいえば、財産権とか営業の自由の規制とか大方のことは憲法改正しなくてもできると思います」 ーー昨年6月に国立国会図書館が発表したレポート「COVID-19と緊急事態宣言・行動規制措置」では、世界の主な国で憲法に緊急事態条項があって、それに基づいてコロナ対策を行った国はイタリア、スペイン、スイスのみでした。 「フランスは憲法に緊急事態条項がありますが、それを使わずに法律で対策をたてました」 ーーそれはなぜですか。 「フランスの緊急事態条項は、アルジェリア独立問題に関連した内乱の危機がきっかけとなって作られたものです。想定している危機のレベルが違うわけです」 「フランスでコロナ対策として法律で規制したのは、商店の閉鎖とか外出規制とか、日本でやっていることの延長線上にあることが多いですね。外出規制にしても、『散歩はしてもいい』とか例外がたくさんあるんですよ(笑)」