感染対策に憲法改正は必要かーー日本はなぜ「自粛」、緩さの背景にあるもの
日本は「ゆるふわ立憲主義」なんです
ーーそういう規制なら日本でもできそうです。 「できそうなんですが、人権保障についての考え方が違うので、実際の導入はどうでしょうか、というのが私の感想です。というのはフランスの場合、権利・人権の救済システムが日本よりしっかりしているんですよ。たとえば外出禁止令のケースでは、『夜に弁護士事務所に相談に行ってはならない』という規制がありました。昼間は行ってもいいんですが、夜は人の流れを少なくするために外出を制限したんです。しかしこれは裁判所から違法とされて無効になりました。しかもフランスは裁判所に『この法律は無効じゃないか』と訴え出ると、仮処分のような形で48時間以内(実際にはもう少しかかっているようですが)に判断されるんですよ。法で自由の規制をバンバンやって、一方で裁判所のチェックも働いていて、問題があればちゅうちょなく違憲・違法の判断が極めて迅速に下される。制度上のチェック・アンド・バランスが機能しているんです。非常に硬質な立憲主義です」 ーーフランスはコロナ対策に全振りした法規制が出され、その中に過度に人権を制限したものがあれば違憲・違法として裁判所が撃ち落としていくというシステムなんですね。日本はどうなんでしょうか。 「昨年末に私は久しぶりに京都市内を観光したんですが、有名なお寺の前のお土産売りの商店が軒並み潰れていて、胸が痛くなりましたよ。『営業自粛の要請』とか、事実上の規制なんですけれどあくまで要請なので、訴訟にならない。なんとなく自粛要請でなんとなく権力の乱用が抑えられて、なんとなく立憲主義が守られている。フランスのような硬質の立憲主義ではなく、『ゆるふわ立憲主義』です。最近では日本でも飲食店グループが時短命令について訴訟を提起しましたが、結論が出るころにはコロナ危機が収束している可能性があります。これでは裁判に勝っても実質的に救済されたとはいえないのではないでしょうか。フランスのような権利・自由への強い規制を持ち込むなら、それとセットで迅速で効果的な権利救済をする方法も必要です。高速列車を走らせるなら、緊急停止装置を載せなければ」 ーー日本はどうしてその「ゆるふわ立憲主義」になってしまったんでしょうか。 「日本は違憲判決をもらうとか、政府が訴訟で負けるとその担当部署はすごく悪いことをしたと見られる傾向があります。省庁側も不祥事のように扱う。だから裁判所側もそれを忖度して、なかなか違憲判決を出さない。役所も石橋をたたきすぎて渡らない。疑わしいものでも立法して裁判所の判断を仰ぐことも必要だと思うのですが、そういうカルチャーにはなっていない」 ーーフランスのように進んではいない、と。 「いえフランスがとくに進んでいるのではなく、それが世界標準の立憲主義の考え方で、日本が遅れているんです(笑)。違憲判決を受けないようにするというのは憲法を守っているのでいいのではないかとも思われますが、半面、ある種の萎縮であり、必要な規制・立法ができない。グレーな場合に裁判所の判断を受けない、得られないというのは法の発展にとってトータルで考えればマイナスだと思います」 ーー自民党は先の緊急事態条項を含めた4項目の憲法改正を提案していますが、その評価はいかがですか。 「多くは必要性がなく、効果もはっきりしません。特に、教育充実という項目は、憲法で掲げても、実際の教育政策とリンクしていないので、なにを意味するのかわからない。中長期的な政策を導くものになっていないので、そういう意味ではお題目にすぎません」 ーー国会での議論では、参議院憲法審査会がこの4月に3年2カ月ぶりにようやく開かれました。スピード感がないのはなぜですか。 「憲法って、日本に存在するあらゆる法律の類いの中で唯一、所管する役所がないんですよ。たとえばコロナ対策なら、感染症法関係は厚労省、営業自粛への支援関係は経産省、海外との出入国管理は法務省と分かれています。通常の法律の制定や改正では、担当する役所があって、役人が情報収集したり市民や業界団体から意見を聞いたりして、徐々に法案の形を作っていく。憲法にはそういう推進力というかエンジンに当たる部分がないので、政治家が9条のようなイデオロギー色の強い改憲条項を与野党でぶつけあっている。それでは進まないでしょう。私自身は護憲論者ではないので、必要ならば改憲の議論をすれば良いと思います」