ジャガー・新生
■ ジャガーはなぜ変わるのか? なぜ、ジャガーはここまで大胆に変わらなければいけなかったのか? 「ジャガーのセールスが芳しくない」 そんな話を私が最初に耳にしたのは2010年ごろだったと記憶する。当時の年間販売台数を掘り起こしてみると、ジャガー・ランドローバー全体が24万台余りだったのに対して、ジャガー単体は5万台弱で、グループ内の占有率は20%を切っていた。 さらにいえば、同じ時期、メルセデスベンツ、BMW、アウディのドイツ・プレミアム御三家はいずれも100万台を越えていたばかりか、2010年代の半ばから後半にかけて3ブランドは続々と200万台の壁を突破。その差は広がるいっぽうだった。 そうした“不振”の原因と長らく見なされていたのが、ジャガーのスタイリングだった。 この時期、同ブランドのチーフデザイナーを務めていたのは名手イアン・カラム。1999年に同職に就いたカラムは、XK、XF、XJといったニューモデルを次々と投入し、クラシカルだったジャガーのデザインをモダンでクリーンなものに一新させる。 私は、カラムが手がけたシンプルでありながら質の高いスタイリングが大好きだったけれど、混じりけがない分、刺激も不足していたようで、これが販売不振の理由だと指摘されていたらしい。私からすれば、ほとんど言いがかりのように思えて仕方なかったのだが……。 そんなカラムも2019年にジャガーを離れ、後任にはカラムとともに同ブランドを支えてきたジュリアン・トムソンが就任。その直後、新設されたジャガー・デザインセンターの開所式にあわせて、カラムとトムソンが描き出した次期型XJのデザインコンセプトが公開されると聞いて、私はジャガー・ランドローバーの本社があるイギリス・ゲイドンを訪れたのだが、土壇場になってXJコンセプトのお披露目は中止されるという“事件”があった。実は、彼らがデザインした「新しいXJ」はそれまでのジャガーとあまり変わらないという理由でプロジェクトそのものがキャンセルされ、ブランドをゼロから再構築する計画が固まったのだという。言い換えれば、いま私たちが目にしている「新しいジャガー像」は、この事件をきっかけにして誕生したものなのだ。 ■ モダン・ラグジュアリーとジェリー・マクガバン もうひとつ、新生ジャガーが誕生した背景にジェリー・マクガバンが存在していることも忘れるわけにはいかない。 もともとランドローバー・ブランドのチーフデザイナーだったマクガバンは、同ブランドを大成功に導いた功績が認められ、現在はグループ全体のチーフ・クリエイティブ・オフィサーという要職に就いている。 事実、ジャガー・ランドローバー・グループが外部に向けて発表する制作物は、彼の承認を経なければ一切、公表することができないといわれるほどその力は絶大で、今回の新しいジャガーの誕生にもマクガバンが深く関わっていることは間違いない。 そのマクガバンがグループ全体の目指すべき方向として示しているキーワードがモダン・ラグジュアリーで、この世界観は最新のレンジローバーによってわかりやすく表現されている。そして、新しいジャガーこそは、マクガバンが考えるモダン・ラグジュアリーの第2章ともいえるものなのだ。 これまで輝かしい成功の道を歩んできたマクガバンは、このプロジェクトを絶対に成功させるという強い意思を持っているはず。そして、これくらい大胆なことをしなければ、長らく販売面で不振をかこってきたジャガーを再興させるのは難しいとの読みをマクガバンが持っていることも明らか。言い換えれば、新しいジャガーのブランド・アイデンティティは思いつきで生まれたものでもなんでもなく、マクガバンの鋭い直感と、周到な研究と計算があって初めて誕生したものなのだ。 今後、EV専業メーカーに生まれ変わるジャガーは、2025年に発売される4シーター・グランドツアラーを皮切りにまずは3台のニューモデルを投入するが、それらに用いられるデザイン言語は、いずれもマイアミ・アートウィークで発表されたデザインコンセプトを元にしているという。
大谷 達也