「社会に貢献したい」戦争で手足を失ったウクライナ兵たちの新たな挑戦 義足のリハビリ、車いすバスケ「何かできるという気持ちが心を落ち着かせる」
ロシアがウクライナに侵攻してから1年半が経過した。戦闘に終わりが見えない中、両軍の死傷者は米当局者の推計で計約50万人に上る。双方とも死傷者数を公表しておらず、あくまで推計だが、ウクライナ側では約7万人が死亡したとされる。各地で新たな墓地が整備され、真新しい若者たちの写真が飾られる墓を見ると、数字の裏に一人一人の人生があったと思い知らされる。 一方、ウクライナ側の負傷者は10万~12万人。手足を失った兵士も多く、義肢の需要が急増、首都キーウ(キエフ)で義肢を製作するリハビリセンターでは、新規患者が侵攻前の約1・5倍になった。「スポーツでウクライナに貢献したい」「義足ができたら再び前線に行く」。リハビリの理由はさまざまだが、共通するのはウクライナ社会に貢献したいという思いだ。負傷兵たちの新たな「闘い」を追った。(共同通信=平野雄吾、永田潤、深井洋平) ▽「前線に戻って故郷を取り返す」
7月下旬、キーウのリハビリセンター「ベズ・オブメジェニ」。ウクライナ語で「限界はない」という意味の施設で、義肢装具士ウォロディミル・フェドロフさん(69)は歩行訓練用の手すりを使い義足でゆっくりと歩く男性らを見つめていた。 フェドロフさんのキャリアは44年。「脚を切ったばかりだと義足の調整が大変なんだ。この仕事は技術や知識に加え、勘も必要だよ」と胸を張る。患者は1~6カ月間、リハビリを続け、この間に傷口も周囲の筋肉も変化するため、細かいサイズ調整が必要になるという。 現在、このセンターを訪れる患者の多くは負傷兵だ。オレグ・シモロズさん(26)もその一人。東部ルガンスク州で昨年10月、運転していた装甲車が地雷を踏み、両脚を失った。意識を失って人工呼吸器を装着したものの、一命を取り留め、今年1月に義足を依頼した。 「人生を取り戻したい」。シモロズさんは両脚のない現実にふさぎ込んだ時期もあったが「装甲車を壊す地雷でもおれを殺せなかった。そう考えれば自分は強いと思えます」と前を向く。