「娘に愛国教育は受けさせたくない」アメリカへ不法越境した中国人が語った本音 闇業者に頼り、長旅の果てに…国境警備当局による拘束は10倍以上に激増
中国・山東省出身の張は1月下旬、30代の夫と10歳ぐらいの長女と一緒に、メキシコからアメリカ西部カリフォルニア州に入った。両国を隔てる「国境の壁」の切れ目を通り抜けての越境。「頭に浮かんだのは、『自由』の二文字だった」。その直後、張はどこかすっきりとした表情で語った。 【写真】「世界で最も移民が死ぬ陸路」命の危険を冒してアメリカへの国境を越える移民たち
アメリカへ不法に渡る中国人が激増している。実態を探ろうと訪れた現場で私が出会った張夫妻にとって、長女の存在が祖国を去る決断をした理由だった。あっせん業者に多額の渡航費用を支払い、さまざまな危険を冒してまで、なぜアメリカを目指すのか。不法越境の現場で語られた「本音」とは―。(敬称略、年齢は取材当時 共同通信ロサンゼルス支局 井上浩志) ▽荒野に突如現れた車 カリフォルニア州ハクンバホットスプリングスとメキシコの国境地帯。私が到着したのは昼過ぎだった。案内してくれたサム・シュルツ(69)によると、移民希望者が国境を越えてやってくるのは朝がほとんどだという。到着後にしばらくとどまる場合もあるそうだが、この日は誰もいなかった。私はこの日はもう機会がないと思い、翌日のことを考え始めた。果たして明日、取材できるだろうか―。 それから10分もたっていなかったと思う。「移民が来た!」。もう1人の案内人の女性が突然、声を上げた。状況をつかめないまま「どうして分かるのか」と尋ねると「音よ」。何かがうなるような音が少しずつ大きくなり、壁の向こうの荒野に数台のスポーツタイプ多目的車(SUV)が次々と現れた。
運転手は目出し帽をかぶるなどして顔を隠している。不法入国をあっせんして手数料を取る闇業者「コヨーテ」だ。60キロ以上離れたメキシコの国境都市、ティファナから来たとみられる。 ▽有刺鉄線をくぐり抜け 車から降りたのは計120人ほど。車の台数に比してかなり多い人数で、車内ではすし詰めになっていたはずだ。足早に壁の切れ目に駆け寄り、有刺鉄線をくぐり抜けて次々とアメリカ側に入ってきた。歓声を上げ、抱き合う人もいる。スマートフォンで通話していたのは、家族や知人に到着したことを伝えるためだろう。 彼らは国境警備隊に促されて壁沿いに1キロほど歩き、開けた場所に着いた。そこにはシュルツら地元の有志が設置したテントが10張り以上あった。仮設トイレもある。シュルツらは、乗ってきたピックアップトラックに積んであった水や食料を彼らに渡していく。 不法移民はその後、壁に沿って2列に並ばされていたが、「普段はもっと雑然としている」とシュルツ。記者である私の存在を意識して、国境警備隊員らが対応を変えたらしい。