ロシアと周辺の国々の料理と食文化の面白さを語り合う。
異文化に寛容な気質が食の世界にも表れて。
沼野 師岡さんは、初めてのロシア訪問ではどんなものを食べましたか? 師岡 モスクワの市場でいろんな種類のハチミツを味見させてもらったり、スーパーでお惣菜を買ってホテルで食べたりしました。ジョージア人の女性にジョージア料理店に連れていってもらったりもしましたね。 沼野 最近のロシアは、ジョージア料理やキルギス料理、ウズベキスタン料理など、さまざまな国や地域の料理店がありますね。 師岡 日本食レストランやスシバーもたくさん見かけました。 沼野 ロシアはもともとソ連という国が多民族国家だったこともありますし、それ以前のロシア帝国時代からずっと、異文化に対して寛容なところがあると思います。ボルシチにしても、本来はウクライナのもの。そうやってさまざまな食文化を取り入れてきたんです。 師岡 ロシア人って、自分たちの文化への愛着もある一方で、異国への憧れも東西問わず強い気がしますね。だから外国から新しいものが入ってくると飛びつく面もあるのかもしれません。 沼野 そもそも、国境を越えて料理や食材が広がるのはごく自然な現象。「ロシア料理」といった具合に、料理の前に国名をつけるのはどこか無理があるようにも思います。
師岡 ロシア以外にもウズベキスタンなどに行って思ったのは、シルクロードを辿ると、どの地域でも小麦粉を練った皮に肉などの具材を詰めた料理があるということ。シルクロードは「粉ものの道」でもあるような気がします。 沼野 確かに、ペリメニもシベリア発祥といわれていますが、きっとさまざまなルートを辿って伝播したんでしょう。私もウズベキスタンでマンティという肉入りの餃子を食べたことがありますが、ペリメニもマンティも生地で具材を包んだものですから。
師岡 もう一つ、モスクワで印象的だったことがあります。私は『ヴォルガ・ブルガール旅行記』という10世紀の旅行記が大好きなのですが、これはアラブ人の使節団がバグダッドから11カ月間かけて現在のロシアへ行ったときの記録です。 沼野 10世紀というと、ようやく統一国家ができた頃ですね。 師岡 その旅行記の中に、アラブ人たちがロシアでベリー類のおいしさに感激する記述があって。私が実際にモスクワの市場に行ったとき、さまざまなベリーが並んでいて「あ、これのことだ」と思ったんです。同時にその横にはエジプトのいちごも売られていたんですよ。千年前と変わらないベリー類の豊富さ、そして現代のグローバリゼーションを象徴するエジプトのいちごが並んでいるのが感慨深かったです。そんなふうに自分の体験や興味と旅での食がつながるのが面白いんですよね。