「自分にとって大切な人だから」──誰かを支えているあなたへ、命を守る身近なゲートキーパーの輪
そんなとき、「私も同じ経験をした。あなたの気持ちがよくわかる」「現地にも友だちがいるんだから、できる範囲のことをやればいいよ」と言ってくれる人に出会えた。 若者のゲートキーパーの育成・支援を行う特定非営利活動法人「Light Ring.(ライトリング)」が運営する「ringS(リングス)」という支え手の支援プログラムだ。 それぞれが直面している問題を吐露することで、それに対して他のゲートキーパーたちが経験を語り、ときには、公認心理師や臨床心理士、精神保健福祉士などが専門家の視点からアドバイスしたり、サポート方法などを一緒に考えたりする。情報を共有することで、一人では見えてこなかった解決のためのヒントをつかめるのだ。支え手が精神的に安定した状態でいられるように、専門家からセルフケアの方法を学んでいくプログラムもある。 早野さんはringSに参加し、気持ちが楽になった。 「私は『自分が全力でこの子を支えなければ』みたいな考えをもっていたんですが、ringSに参加している人たちと話して、そんなことはないんだ、自分にプレッシャーをかけなくてもいいんだって気づかせてくれました」 アメリカの友だちとはその後も連絡を取り続けている。気持ちのアップダウンはあるが、「死にたい」という言葉はここ数週間聞いていないという。
恋人から「死にたい」 立ち直りを願って増やす“やらない”支援
専門家とは異なる立場のゲートキーパー。Light Ring.代表理事の石井綾華さん(33)は、現場で問題に直面することも多いという。 自分一人で解決しなければいけないと思い込む「孤立感」。これほど自分がやっているのに相手がなかなかよくならない「無力感」。相手の感情や行動に振り回されてしまう精神的疲労である「共感疲労」、そして相手がよくならないのは自分に問題があるからではないかという「自責感」。 石井さんが続ける。 「そうしたつらさがきっかけでゲートキーパーをやめてしまうケースがあります。これまで全国で、いろいろな自治体や団体がゲートキーパーの養成講座を行ってきましたが、講座を受けたとしても、ほとんどの場合それっきりで、活動をする中で悩んだとしても相談するというルートがなかったからです。ゲートキーパーの役割である、〈気づき、声かけ、傾聴、つなぐ、見守る〉の5つをすべてやれなければいけないわけではありません。できる範囲でいいのです」 石井さんには印象的な相談者がいる。8年間交際する恋人がいた、20代後半の女性。彼女を悩ませていたのは、恋人が時間を考えず、深夜でもたびたびLINEで「死にたい」と訴えてくることだった。実質的に恋人のゲートキーパーになっていたケースだ。 「彼女の恋人が本当に求めていたのは、“つながり”なんです。それだけは断たないようにしてほしいと言いました。ただ、彼女は疲れてしまっていたので、少し距離は置いたほうがいいとも言いました。“やる・やめる”という0か1かの判断ではなく、時折、時間を置いてもいいからつながっていてほしい。具体的な方法を私たちと一緒に見つけていこうということで、私たちが行うゲートキーパーの居場所活動に定期的に参加していただくようになりました」 他のゲートキーパーと互いの体験を話し合う中で、話を聞く日を彼の都合ではなく、自分で決めることにした。石井さんは次のように話す。 「これまで毎日、話を聞いてくれていたのに回数が減ると、相手は動揺して不安になります。そういうときには『今夜は私も予定があって話を聞けないけれど、○日の何時から必ず聞くからね』と言ってみる。自分がつらいときには無理をせず、話を聞く日を事前に決めておく。そうすれば、相手も突き放された印象を抱きませんから、そのときまでは死なずに生きていく希望を見いだせることになります」 ゲートキーパーの中には、相手との距離感を見失って、経済的に困窮した相手の家賃を肩代わりしてしまうケースもあるという。石井さんは「“やらない”支援を増やすこと」が大事だと話す。 「自分一人でやれること、やらないことの切り分けがとても大切です。それは相手に自立してもらうためです。本人ができることまで代わりにしない。本人の力を信じて支援することがうまく支えるポイントです」