ルイーズ・ブルジョワの大規模個展が森美術館で開催中。家族との関係を創造の源泉にした作家の軌跡
心の平穏や自由を象徴した「青」。サバイバーとしてのブルジョワ
第3章は「青空の修復」では、トラウマを抱えた彼女がいかにして心の平穏を取り戻そうとしたのか、ということにスポットが当てられる。 ここでも巨大なクモの彫刻『蜘蛛』(1997年)が登場する。こちらのクモはどこかゆったりとしていて、第1章で展示されたいまにも飛びかかってきそうな『かまえる蜘蛛』とも少し雰囲気が違うように感じる。クモのお腹の下には卵があり、さらに檻のような部屋の側面にタペストリーがかけられているほか、止まった時計やペンダントロケットなど、ブルジョワの身の回りの品が並べられている。クモの長い足が、それらを守っているように伸びていた。 『トピアリーIV』は、回復と再生を感じさせる作品だ。松葉杖をついた人形は腕を怪我しているようだが、そこから新しい実が実り始めているように見える。ブルジョワは青色を、心の平穏や自由を表す色として好んで使っていたのだという。 本展の副題「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」は、ハンカチに刺繍で言葉を綴った作品『無題(地獄から帰ってきたところ)』(1996年)からの引用だ。 これは、1973年に亡くなった夫のハンカチであり、言葉はブルジョワの日記に書かれていたもの。2度の世界大戦、大切な人との死別、うつ病など、度重なる逆境を生き抜いたブルジョワは、自らを「サバイバー」と考えていた。それら地獄を「素晴らしかったわ」とするブラックユーモアを取り入れたこの作品からは、彼女の感情の揺らぎや両義性、そして苦しみを作品に昇華する強い意志を感じさせる。
テキスト・撮影 by 今川彩香