ルイーズ・ブルジョワの大規模個展が森美術館で開催中。家族との関係を創造の源泉にした作家の軌跡
母との関係と、自らも母であったこと。見捨てられるのではないかという恐怖
本展は、ブルジョワの家族との関係を礎に、3つの章から構成されている。第1章「私を見捨てないで」では母との関係、第2章「地獄から帰ってきたところ」では父との確執、第3章「青空の修復」では、人間関係の修復と心の解放が主なテーマなのだという。 母との関係をテーマにした第1章「私を見捨てないで」。椿は「ブルジョワは特に母との関係から、生涯を通じて、見捨てられるのではないかという恐怖に苦しんだ」と指摘している。 ブルジョワは多くの作品で家族のことを語っており、なかでも生涯を通して「母性」は大きなテーマであったという。自身の母親との関係はもちろん、自身も3人の息子の母親であった。 ブルジョワの作品にはたびたび「5」という数字が表れる。これは、ブルジョワの両親ときょうだいの家族5人、そして結婚後、ニューヨークで築いた家庭も5人家族だったことから、その家族を象徴する数字だ。『良い母』(2003年)では、両腕がないピンク色の人形の乳房から5本の白い糸をたらし、授乳するさまを想起させる。 第1章では、巨大な蜘蛛の彫刻『かまえる蜘蛛』(2003年)も展示されている。六本木の『ママン』からもわかるように、ブルジョワはクモというモチーフに「母」を重ねている。糸で巣をつくり、蚊やほかの虫を食べて住処を守るという側面から、自身の母がタペストリーをつくりながら家計を守る姿を重ね合わせた。ブルジョワ自身も母親であるため、その意味も重なっているはずだが、やはり見た目が不気味に感じることから肯定、ポジティブなものだけが含まれている作品ではないことが読み取れる。
感情を作品に昇華するという「悪魔祓い」
父との確執をテーマに据えた第2章「地獄から帰ってきたところ」は、不気味さやおどろおどろしさといった雰囲気をまとう作品も多い。例えば不安や罪悪感、拒絶されることへの恐れなど、否定的な感情が語られる。 この章でひときわ目を引くのが『父の破壊』(1974年)という作品。ブルジョワにとっての初めてのインスタレーションだ。ちなみに、ブルジョワの父は1951年に亡くなっている。 この作品は、赤く照らされた洞窟のような空間のなかに壇が置かれ、そのうえには内臓のようなオブジェが散乱している。ポコポコと丸い半球体が、取り囲むように配置されている。これは、夕食時に延々と自慢話を繰り広げる父親に痺れを切らした妻とこどもが、父親の体を解体して食すという、幼いブルジョワの幻想からつくられたのだという。父親を解体する復讐でもあり、その身体を食べることで同一化を図るという、愛憎が入り混じったような作品だ。 ブルジョワは、彫刻制作を一種の「悪魔祓い(エクソシズム)」と位置付けており、素材にあらがい作業することが攻撃的な感情のはけ口になったのだという。