意味のない言葉が有機的につながっていく作品群 コラージュ作家MARCOMONKこと大石祐介インタビュー
WWD:どういう経緯でフォトグラファーになったんですか?
大石:地元が北海道の函館で、札幌の大学に進学して大学2年からダンスを始めたんです。実は小学校からダンサーになりたくて、卒業文集の将来の夢に“ダンサー“って書いた覚えがあります。札幌でずっと活動していて、ラッキーなことに大会で優勝もしたので20歳で1回夢叶えているというか、それなりに楽しく過ごしてたんですけど、26歳の時に体調を崩したんですよね。ダンスもできなくなっちゃってリハビリで始めたのが写真です。父親に借金してカメラを買ったんですよ。その頃は東京にいたんですけど、体調が悪いからスタジオにも行けないし、学校に行くにもお金はないし。誰かに師事するシステムも知らないから、本屋で買えない高い入門編を立ち読みしては、家にダッシュで帰り勉強してましたね(笑)。そうしているうちに、ダンスは好きだったのでダンサーとかDJを撮影するようなパーティーフォトを撮ることが多くなってきました。当時は原宿の「UC」によく行っていたけど、そこにいた人たちが自分の恩人ですね。家のように通っていたから、ただ撮り続けてたって感じでした。
WWD:クラブや音楽、ダンスが活動の原体験。写真や映像を独学で体得してから、どうコラージュの世界に足を踏み入れたんですか?
大石:かなり後ですね……コロナ禍で偶然に始めました。それまで漠然とコラージュに引かれてはいたけど、普段は撮影してる側なので他人の写真を勝手に切り取るという事に抵抗がありました。その頃、コロナで断捨離をしていた時にニューヨークで撮影した時の写真が大量に出てきたんですよね。その時にどうせ処分するなら、自分で撮影した写真だし切ってみようとハサミを入れたら楽しかった。最初は見せられるものではなかったけど、図画工作の授業を思い出してその時のノリで切っては貼ってを繰り返してました。恥ずかしながら周りの友達に見せたらかなりポジティブな反応が返ってきたので、いけるかもしれないと思ったんです。