老後の生活が豊かな人に共通する「お金の使い方」
年金暮らしのお金の使い方も「選択と集中」
年金暮らしになっても、毎日の食べるものや光熱費、健康保険料や介護保険料に「シルバー割引」はないので、これらを差し引くと、たいていの人は「老後の人生をエンジョイする資金」はそう潤沢ではないでしょう。 資金が潤沢でない場合はどうするか? 企業経営ではよく「選択と集中」という言葉を使うそうです。あれもこれもと手を広げるのではなく、特定の領域に目標を絞り込み、そこに資金や人材などを集中的に投入する経営戦略です。この「選択と集中」の考え方は、私たちの「年金生活」にも採り入れるといいのではないでしょうか。 以前、中学時代の先輩と久しぶりに一杯やったとき、彼も同じようなことを話していました。先輩は男二人、女二人の四人きょうだい。みな平均的なサラリーマンや公務員の家庭で、ごく平均的な年金暮らしを送っているそうですが、それでいて「暮らしぶりが、それぞれ全然違うんだよ」と笑うのです。 いちばん年長の姉夫婦は「食い道楽」。年中、あちこち食べ歩きに行ったり、全国からおいしいものを取り寄せては、訪ねてくる子どもや孫といっしょに食べているのだそうです。 次の長男夫婦は「海外旅行マニア」。ある旅行会社の「旅のアウトレット」のチラシをまめにチェックしては、「え、そんなに安く行けたの?」というようなリーズナブルな費用であちこち海外に出かけているそうです。 ちなみに「旅のアウトレット」とは、催行決定となったツアーに残席がある場合、直前になって格安で残席を売り出す情報満載のチラシなのだとか。「会社に縛られているわけではないし、出発日が迫っていても、すぐに参加できるのが定年退職者の特権だよ」とのこと。 三番目の姉は「家」に凝り、センスのいいインテリアを調えたり、ガーデニングにひたすらお金と時間を捧げて、楽しそうに暮らしているそうです。 末弟である先輩は「芝居やオペラ公演」などには惜しげもなくお金を使い、毎年とまではいかないようですが、四国の金毘羅歌舞伎などにも遠路出かけて楽しんでいるといいます。「そのかわり......」と先輩の言葉は続きます。彼流に言えば、ふだんの暮らしは「粗衣粗食」主義だそうです。 食べるもの、着るものは贅沢しない......。粗衣粗食を言葉どおりに受け止めると、耐乏生活を送っているような印象になりますが、老後に食べるものは簡素なくらいのほうがむしろ健康的ですし、改まった外出の機会が減るので、着るものにかけるお金も自然に少なくなってきます。「粗衣粗食」は、自然な老後生活のあり方といえるかもしれません。 このきょうだいの例のように、老後は一般的に収入は減るものの、自分の好きなことにある程度のお金を使い、それで気持ちが満たされれば、ふだんは「粗衣粗食」でも精神的に貧しくなることはないでしょう。 私自身も小遣いは「選択と集中」でやりくりしています。私の場合、重点的に使うのは書籍代です。一日に何冊も買ってしまうことがよくあり、小遣いは本代だけでなくなりそう――。でも、本を読んでいると、財布が軽くなったことがまったく気にならないのです。 「選択と集中」。ビジネスマン時代に培ったノウハウやものの考え方は、老後の暮らしにもちゃんと役立つものなのですね。
保坂隆(精神科医)