横浜F・マリノスの23歳FW前田大然が大久保嘉人に並ぶJ1得点ランク首位…そのブレイクぶりが凄い理由とは?
ジュビロ磐田との開幕戦でいきなり「45」を数えた前田のスプリント回数は、続く大分トリニータとの第2節で、いまも歴代1位にランクされる「53」を記録した。現時点で「50」を超えた唯一の選手となっている前田は、しかし、目の前にそびえる壁を感じ始めていた。 「スピードを生かすだけのプレーは研究されている。違う部分でも勝負しなきゃいけない」 大自然に恵まれた大阪府太子町で生まれた前田は裸足で山道を走りまくり、木によじ登って遊んだ幼少時代を介していま現在につながる身体能力を養った。サッカーを始めたばかりの小学生時代に、味方キーパーのロングキックに誰よりも速く追いつき、ゴールした瞬間に特異な能力に気がついた。 「小さなころからスピードであるとか、持久力というものはありましたね」 こう振り返る前田は松本や水戸で、2019年夏から期限付き移籍したポルトガルのマリティモで、昨夏に期限付き移籍で加入したマリノスで、スピードと加速力をより生かす術を追い求めてきた。そして、マリノスへ完全移籍した今シーズンに、ひとつの答えを具現化させている。 浦和戦の1点目。仲川がクロスをあげる刹那に、前田は最初にニアへ飛び込む軌道を描きながらゴール前へ迫った。西川と前田をケアしていた岩波の脳裏には広島戦と、アビスパ福岡との前節でニアへ猛然とダイビングヘッドを見舞い、ゴールした前田の残像が刻まれていたはずだ。 「あの場面では、テル君(仲川)が速いボールをくれることがわかっていた。あとはディフェンスと上手く駆け引きをしながら、ニアへ入る振りをしてファーへ逃げたので、それに相手もつられて背後のファーが空いたのかなと思っています」 ニアを警戒していたからこそ、ファーを狙ったクロスに西川の右手もわずかに届かなかった。短い時間で相手の心理を読み取り、裏を突くボールをあうんの呼吸で呼び込み、一撃で仕留める。昨シーズンまで41試合を要した5ゴールを、今シーズンに先発したわずか3試合で量産している覚醒ぶりには常に成長の二文字を追い求め、自問自答してきた試行錯誤の跡が反映されている。 広島戦では3トップの左ウイングを、福岡戦と浦和戦では真ん中を託された。途中で加入した昨シーズンは前者のポジションを消化できないまま、3ゴールに甘んじていた。今シーズンも2つのポジションを務める準備を進めてきたなかで、すでに自分なりに折り合いをつけている。 「マリノスではウイングがワイドに張ることを求められますが、僕は張り続けるのがあまり得意ではない。なので、去年と同じようにやっていたら上手くいかないと思っていたので、サイドから中へどんどん入っていこうと自分なりに考えていることが、いまは上手くはまっている」 規律を守った上で自分の色を出す第一歩が攻守のスイッチを入れ、相手に脅威を与え続けるスプリントとなる。先発した試合では最短となる62分間でベンチへ下がったのも、ニッパツ三ツ沢球技場で徳島ヴォルティスと対峙する、中2日の過密日程となる17日の次節をにらんだものだ。 チャラチャラした感じが嫌いだからと、ポルトガルにも持参したバリカンで自ら丸刈りにする試合前日の儀式を経て、修行僧の風貌を漂わせる前田はピッチに立つやいなや、獰猛な獣をほうふつとさせるスピードモンスターへ変貌を遂げて、2シーズンぶりの王座奪還を目指すマリノスをけん引する。 (文責・藤江直人/スポーツライター)