ブラジル男子柔道の五輪銅メダル 監督務めた日本人女性の「常識を壊した歩み」
2014年1月に長男を、17年5月に長女を出産。そのうえで18年5月、藤井さんはブラジルの男子代表の監督に指名された。つまり2020東京五輪には、育児をしながらの指導者として参戦することになった。 「もともとの私は優等生気質。常識を守らないといけないと思っていた。でも、海外に出て、いろんな人と話していくなかでそれぞれの人の常識があることに気づいた。そして、その常識は時代や場所で変化する。だとすると、人生でいろいろ経験していく際、生きる力をつけることが必要だなと思うようになりましたね」
「常識や概念などクソくらえ」
今回の東京五輪のさなか、藤井さんは一番重要なことに思い至ったという。それは選手を自立した一人の人間にするということだ。自立とは、自分で目標をもち、その目標を達成するために何が必要かと自分で考え、行動すること。それが人間的な強さを生むと藤井さんは言う。 「やはり成績を残している選手は自立しているんですね。柔道の目標はメダルをとることだけではないんです。社会に貢献できる人を育成するのが、嘉納治五郎先生の教えた柔道なんです。五輪の試合前日、一人で選手村を歩いているとき、自分はその仕事をできただろうかと自問していたら、涙が出てきました。でも、試合に臨んでみたら、結果を出してくれた選手がいた。やってきたことは間違いじゃなかったのかなとうれしくなりましたね」
これまでの歩みを振り返って、いま言えるのは「常識や概念などクソくらえ」ということだという。 「ブラジルでは、私が海外の人間ということも、女性の指導者ということも、指導には影響がなかった。つまり、常識や概念は自分が作っているもので、その可能性は自分自身が開いていくものだったんです。今回、メダルをとったとき、ブラジルの柔道連盟の方から『若い男性選手が女性の監督で勝った。このメダルはいろんな意味がある』と言われました。女性だから特別にできたのではなく、女性でもできるということ。私がこういうふうに仕事をしていくことで、女性が自分の心の鍵を開けて、進んでいけるようになったらいいなと思います」
--- 藤井裕子(ふじい・ゆうこ) 1982年、愛知県生まれ。5歳から柔道を始める。広島大学教育学部を経て同大学院修了とともに現役を引退。2007年、英バース大学に留学しコーチとしてのキャリアが始まる。2009年からイギリス代表コーチ、2013年からブラジル代表コーチを経て2018年にブラジル男子柔道チームの監督に就任。 小川匡則(おがわ・まさのり) ジャーナリスト。1984年、東京都生まれ。講談社「週刊現代」記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。政治、経済、社会問題などを中心に取材している。https://ogawa-masanori.com