ブラジル男子柔道の五輪銅メダル 監督務めた日本人女性の「常識を壊した歩み」
「男子だから女子だからという違いは、私はまったく感じなかったです。なんでかなと考えると、小さいころから男子に交じって団体戦に出ていたり、指導者も男性だったり、あまり自分の中で男女の区別を意識していなかった。ブラジルでも、技術指導では女子だけでなく男子も見ていたわけで、そもそも自分には壁がなかった」 指導に際して、選手を納得させられるだけのロジックをもっていたことも大きい。 「私は体が小さく、フィジカルだけを見れば男性に勝てない。でも、美しい技や相手の力を崩す動きには、しっかりとしたロジックがあります。小さい体のユウコがデモンストレーションでこんなに威力を出せるというのを見せられると、みんな『すごい』と納得する。それを見せられたことは大きいと思います」
一方で、イギリスやブラジルで教えられることも少なくなかった。藤井さんは大学院修了の24歳まで選手生活を続けており、自身では「けっこう長くやった」と思い込んでいた。だが、海外では30歳でも現役という選手が珍しくなかった。 「また、日本では妊娠した女子選手が道場に来るなんて考えられない。けど、海外では、おなかが大きくなっても練習している女性もいました。そういう驚きがたくさんあって、今まで自分が学んできた『正しさ』は何なんだろうと考えるようになりました」
指導者であり、親であり、妻であり
だがときに、常識を覆すような行動もしてきた。イギリスからブラジルに移る前の2013年1月に平塚市の養護学校で教員をしていた陽樹さんと結婚をしたが、交際期間は0日だった。その話題になると、「あれはもう直感です」と笑った。 「ブラジルでのコーチを打診されていたときに、突然の夫からのプロポーズ。ありえないものでしたが、それを受けた自分もありえないなと思いました(笑)。でも、一方で『この人と一緒なら海外でも力強くやっていける』みたいな感覚がありました」
ところが、ブラジルに着いて間もない時期に妊娠が判明する。さすがに藤井さんもどうチームに言うべきか迷ったという。 「私も日本人なので『仕事で呼ばれたのに、妊娠して申し訳ないな』と思いました。でも、思い切って上司に報告したら、『おめでとう!』と歓迎してくれました。それどころか、子どもが生まれ、道場に連れて行くと、選手たちも遊んでくれた。私の上司は『困ったら何でも言え。俺はお前のブラジルのお父さんだから』と言ってくれています。こういうところはブラジルのいいところだなと思います」 監督という大きな仕事はあるにせよ、決して私生活をないがしろにはしない。そこに日本社会の考えと大きな差を感じたという。 「もし日本で、着任早々に妊娠がわかると、言うのをためらってしまうと思うんです。実際、自分の親や日本の友だちに妊娠を打ち明けると、『そんなことして』と言われました。でも、ブラジルだと、仕事か私生活かどっちかという話じゃないんです。指導者であり、親であり、妻でありと、すべて備えていて不思議じゃない。そういう選択ができたのも、周囲に同じような女性がたくさんいたからで、指導者、栄養士など女性スタッフも多いし、みんな産休とったり、育休とったりしている。だから、私もとっていいんだと思えました」