「65歳まで定年が伸びましたが、仕事へのモチベーションが上がりません(50代・会社員)」を解決するキャリアのリ・デザイン
65歳までの雇用確保義務化を来年に控え、多くの企業でミドルシニア層の活躍推進が求められています。社員に対して「キャリア自律」「リ・スキリング」などを求める企業が増える中で、これまで会社からの要望に応えるべく邁進(まいしん)してきた50代以上の世代からは戸惑いの声も聞かれます。企業で働く50代を対象としたキャリア支援の研究・実践を行う法政大学の廣川進教授に、50代社員が直面している課題と、企業ができる支援についてうかがいました。
仕事に対するモチベーションが最も低下する50代
――50代の社員のキャリア研修とカウンセリングについて研究することになった理由をお聞かせください。 育児雑誌の編集の仕事をしていたときに阪神淡路大震災が起き、避難所に取材に行きました。被災地の状況を目の当たりにしたことがきっかけで、もっと直接、目の前の困っている人の役に立つ仕事がしたいという思いが強くなり、社会人大学院に進学して臨床心理学を学びました。 博士課程修了後に臨床心理士として就いたのが、再就職支援会社での長期失業者を対象としたカウンセリングの仕事でした。2002年、バブル崩壊後に上昇を続けていた完全失業率が5.4%と、過去最高を記録した年です。当時のいわゆるリストラでは50代が狙い撃ちをされており、信じていた会社から突然裏切られたという無念の思いを多く聞きました。当時と今とでは状況が異なる部分もありますが、企業側と社員側の思いにズレが生じているという点は変わらずにあると思います。企業で働く50代は受難の世代だと感じ、この人たちに活躍してもらうためには何が有効なのかを研究するようになりました。 ――今の50代はどのような状況にあるのでしょうか。 働く人を対象にした統計は数多くありますが、50代が最低の数値となっている調査は多いですね。例えば、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」(2019)によると、「年齢別の幸福である人の割合」は、50歳が38.2%で最低となっています。 また、仕事に対する価値観の変化を調査したリクルートワークス研究所「シニアの就労実態」では、20代は仕事に多くの価値を見いだしているけれど年代が上がるにつれ仕事を通じて感じる価値は減少し、50代になると「他者への貢献」「能力の発揮・向上」「仕事からの経験」「高い収入や栄誉」など、多くの因子得点がマイナスになるという結果が出ています。定年後の年代では再度上がっていきますが、最も深い谷となっているのが50代前半です。 今の55歳は、ちょうどバブル期入社のピークの世代。就職活動であまり苦労せずに入社した人たちです。今では考えられませんが、内定が出たら海外旅行に連れていかれて入社を口説かれるような時代でした。そのため会社に対する期待が大きく、代わりに強い忠誠心をもって尽くすという、いわば「御恩と奉公」のような関係性があります。 しかし、50代後半になると役職定年を迎える人もいます。これまでは会社を信じて上を目指してきたのに、役職から外れて収入も下がることで、相思相愛だった相手に裏切られたような感覚になってしまう。うまく気持ちの切り替えができずにモチベーションが下がってしまう人も少なくありません。 60歳以上の人たちは、モチベーションが下がった状態でもそのまま逃げ切ることができました。しかし、今の50代の人たちは年金受給開始年齢の引き上げによって、あと10年は働かなくてはなりません。時代とともに会社から求められることも大きく変わっています。そうした中で、これまでの経験やスキルだけで働き続けることができるのかどうかが問われています。ところが、本人たちはその課題に気づいていない現状があります。 ――なぜ気づかないのでしょうか。 会社が明確にメッセージを伝えていない、伝えていたとしても遠回しな言い方でやんわりとしか言っていないので、伝わっていない可能性があります。そのため社員側は、このままでいいと思っているか、うすうす感じていたとしてもどうしたらいいかわからずに棚上げにしている状況ではないかと思います。 企業側はあえて耳の痛いことを言って憎まれたくないので、「ジョブ型雇用」や「パーパス」のような聞こえのいい言葉でお茶を濁しているところがあるかもしれません。当人たちのことを考えたらもっと踏み込んで伝えるべきですが、そのコストを惜しんでいるケースが多いのではないかと感じます。 また、中高年のキャリア研修は多くの企業で対応の優先順位が低く、対応が後手に回っている現状もあります。企業としては内定者や新入社員の育成、若手の離職防止、管理職研修、幹部社員の早期育成、タレントマネジメントなど、これからを担う人材の開発にお金と手間を優先してかけたいし、中高年向けのキャリア研修をやろうと思っても、人数が多い分コストもかかるうえに、マイナスを少し減らすくらいの効果しか期待できないので、後回しになりがちです。 研修がうまくいけば、退職者が増えることが想定されることも理由の一つです。社員が自身のキャリアに向き合った結果、前向きに退職することは悪いことではありませんが、企業や人事部門からすれば「研修をした結果、退職者が増えた」とは表立って言いづらい側面もあるのかもしれません。 しかし、50代社員の停滞感はボディブローのようにじわじわと周囲にも影響を与えていきます。課題意識を持って対応に取り組もうとする企業も出てきており、私も中高年向けのキャリア研修をお声がけいただく機会が増えてきました。