「65歳まで定年が伸びましたが、仕事へのモチベーションが上がりません(50代・会社員)」を解決するキャリアのリ・デザイン
リ・スキリングの前にリ・デザインを。会社という枠から外れた「自分」に向き合う
――働き方やキャリアに関する課題に向き合うために、今の50代は何をすべきなのでしょうか。 よく「これから生き残るためには、リ・スキリングをしてITスキルを身に付けなければいけない」などと言われることがありますが、必要性が腹落ちしていない状態で何かを学ぼうとしても意欲は持てませんし、表面的な技術だけを身につけたところで根幹の課題解決にはなりません。 それ以前に、会社という枠組みを外したときに自分がどんな働き方、生き方をしたいのかを自ら見つけていく必要があります。60歳以降はこれまでのように会社の敷いたレールに乗っているだけではいられないわけですから、会社から離れたときに残る「自分」に向き合う必要があります。私は企業の50代社員を対象として、キャリア研修とカウンセリングをセットにした実践と調査を行っているのですが、その研修のサブタイトルを「会社から自分を取り戻す」としています。 この世代を象徴しているなと感じたエピソードがあります。研修で丸半日、「これからの人生は、あなた自身で切り開いていく必要がある」と話した後に、参加者から「それで結局、会社は私たちに何をして欲しいのでしょうか」と質問されたのです。長年にわたり会社と一心同体でやってきた振る舞いを切り替えていくためには、根気強くメッセージを伝え続けていくことが大切なのだと感じました。 ――研修ではどのようなことをしているのでしょうか。 私が研修会で実施している四つのワークをご紹介します。基本的に事前課題として取り組んできてもらい、研修当日のグループワークで深めていきます。 一つ目は「私のライフラインチャート」です。これまでの人生を振り返って人生曲線を書いてもらいます。波形が平らな人や振れ幅が大きい人、マイナスに偏っている人などさまざまですが、山や谷になっているところに着目し、そのときに何があって、どんなことを思っていたのかを振り返っていきます。 山になっている時期には、どんなコンピテンシーや強みが発揮されたのか、どんなやりがいを感じたのかなどを掘り下げて考えます。新卒で入社した会社にずっと勤めていて転職経験のない人は自身の強みを言語化できないことも多いのですが、意外と他人のことは客観視できるので、グループワークでお互いにアドバイスし合うことが有効です。 二つ目のワークは「私の危機・転機経験」です。転機を乗り越える際には、自分のリソース(資源)である「Situation(状況)」「Self(自己)」「Support(支援)」「Strategies(戦略)」を点検すべきであるというシュロスバーグの4Sモデルに基づき、これまでに起こった転機に焦点を当てて振り返っていきます。 そうすることで、その人なりの乗り越え方のスタイルが見えてきます。これから転機を迎える50代の人たちにとって、自分の過去の経験はとても参考になります。とにかく本を読んで情報を集める人もいれば、人に会いに行って教えてもらう人もいるでしょう。そうした自分なりのパターンを活用しつつ、今後は他の方法も試してみるといった戦略を立てることができます。 三つ目の「私の統合的ライフプラン」は、サニー・ハンセンの「統合的ライフプランニング」という理論を応用して私が作成したフレームワークです。「人生のリ・デザインplanningシート」と名付けました。ハンセンの理論とは、ライフ(人生・生活)とキャリアの統合を目指したもので、Love(愛、家族、関係、絆)、Labor(仕事)、Learning(学び)、Leisure(余暇)の四つのLが統合されると意味のある人生になるという考え方です。 シートは八つのゾーンに分かれていて、右側の自分エリアには「遊び」「学び」「生きがい」。左側の関係性エリアには「家族」「友人・知人」「愛着対象」。そして真ん中のワークエリアには「地域・コミュニティ」と「仕事」があります。まず点線の内側に現在の日付と年齢、それぞれのエリアの現状を書きます。「仕事」以外のゾーンにうまく記入ができない人も多いのですが、書けなければ空欄でも構いません。書けないという事実も含めて、現状を知ることが大切です。 その後、点線の外側に、何年先の未来を描くか、自分で決めてそのときの自分の年齢を記入します。未来のある時点に各エリアでどうなっていたいのかという理想、ビジョン、夢を記入していきます。その際、お金や時間などの制約を一旦すべて外して限界まで広げてみると、発想が広がります。そして、逆算して今からできることはないか、どの領域をもっと意識して広げていきたいかなどを吟味します。 と言っても、現状ですら書くのが難しかった人にとっては未来のビジョンを書くのはさらに難易度が高いでしょう。特にこれまで仕事に邁進(まいしん)していて高い役職に就いていた人ほど苦戦しがちです。一方で、いわゆる出世コースから外れていた人の方が、ライフも含めたビジョンをスラスラと書けることがあります。ここでもグループワークを行い互いのシートを共有し合うため、出世コースの人が「自分の方が収入は高いのに、隣の人の方が人生が充実していて豊かそうだぞ」などと気づくことにつながります。こうした討議・参加型のワークショップの場合は、役職や性別などを混在させたグループの効果もありそうです。一方で、研修会ごとの対象者は会社の実情や伝えたいメッセージを吟味しつつ、慎重に選ぶ必要もありそうです。 シートに埋められない欄があったとしても大丈夫です。この枠組みを頭に入れておくことで問いとして残り、これから日々を過ごす中でアンテナが立ち、情報が集まって少しずつ埋めていけるでしょう。 最後に、これまでのプロセスを踏まえて「今後の中期仕事戦略プランニングシート」を作成します。「定年まで」と「定年以降」の働き方について、どんな部署でどんな仕事をやってみたいかを考えます。 社内だけでなく、社外の可能性も含めて考えてもらいます。その際、会社に残るか辞めるかの二者択一ではなくて、社内での仕事を続けながら副業や起業をすることや社内副業のような選択肢もあるでしょう。すぐに稼げなくてもいいので、柔らかい発想でいろいろと試してみるといいと思います。 上述の「人生のリ・デザインplanningシート」で長期のライフ全体をウェルビーイングの視野から考え、広げるだけ広げてから、ふたたび現在地へ着地するワークも大事だと思います。ビジョンから逆算してきて、今の職場や仕事、交友などを3年先、5年先、55歳、60歳以降どうしていくのか。今の会社に残るとしても、そのまま同じ部署にいる、違う部署に異動する、業務を少し変える、大きく変える。今すぐでないとしても、いずれは会社を辞めるとしたらどんな形があるのか。選択肢を検討することもなく、今の仕事を今の部署でずっと続けるということが、組織にも個人にもむしろリスクが大きいということを理解してもらえるといいのですが。 ある会社の部長さんで、翌年に役職定年を迎える方がいました。このまま役職定年になれば収入が大きく下がるものの、65歳まで会社に残ることはできます。しかし、この方はこのワークを通じて、若い頃にとった資格に加えてもう少し実務経験を積めば個人事業主として65歳以降も食べていけそうだと気がつきました。そこで自ら降格を申し出て課長になり、会社にいる間に現場に出て経験を積むという選択をしました。ここまで割り切った戦略を立てられる人は少ないですが、長期的なキャリア形成を考えたときに、このように意図的に一時後退する戦略もあり得るでしょう。 ――会社の外で働くことや、社内であっても今と違う仕事をするなど、ここに挙げられている選択肢を見て初めて可能性に気づく人も多そうですね。 今の部署であと10年働くことだけを考えていた人が多いので、それ以外の選択肢に驚かれることもありますね。 ここまでやって、ようやくリ・スキリングの話になります。まずは過去を振り返り、自分の強みを認識した上でこれから先のことを考え、「今の部署であと10年働くためには、今自分が持っているスキルだけでは足りないから補う必要がある」「今持っているノウハウと経験にこれを足したら、別の部署でこういう仕事ができるのでは」などといったことを具体的に考えられるようになって初めて、納得感をもってリ・スキリングに取り組むことができます。 ですから私は、「リ・スキリングの前にリ・デザイン」をスローガンに、人生そのものをリ・デザインすることから始めることを推奨しています。リ・デザインをいったんやった上で、モチベーションを呼び戻し、新たな自分の生き方、働き方に向けてリ・スキリングの獲得への行動変容につながるという形が、会社と個人にWIN・WINなのではないかと思います。