松本幸四郎 『勧進帳』武蔵坊弁慶 「常に、ここから逃げ出したいと思っています」【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
関所を越えたあと、ゴールは果たしてどこにあるのか
── 富樫から布施物を出されて砂金だけ持っていきます。 幸四郎 他の品々はおそらく地元の記念品なんでしょうね。記念品って重くて大きいものと相場が決まっているので、かさの高いものは置いていくと(笑)。 ── そしてホッとできたかと思うと呼び止められる。 幸四郎 これがもう一番の大ピンチとなるわけです。 ── 義経を打擲(ちょうちゃく)するところは、笠のどの部分を金剛杖で当てるかは決まっているのですか。 幸四郎 (笠の)前、後ろ、前と三度振り下ろし、三度目のときだけ笠に当てます。でもこれ、散々殴りたおしているということですから。叔父がNHKで『武蔵坊弁慶』に出演していた時、義経役だった川野太郎さん、めちゃくちゃ叔父にぶたれていましたから。 ── 水曜ドラマの『武蔵坊弁慶』(1986年)ですね。 幸四郎 ぶたれて血だらけになってましたよね。あれを歌舞伎の表現でやるとこうなるわけです。 ── 四天王も本気で詰め寄ってくる。 幸四郎 見た目は弁慶と富樫が対峙しているように見えますが、弁慶はあそこで富樫に向かって斬りかかろうとする四人を金剛杖で制しながら背中で抑えているわけです。これ、つまり仲間と闘ってるんですよ。富樫から見たら「やるのかやらないのか。え?仲間割れしてるのか?」ですよ。 ── 「目だれ顔」の四人が、弁慶をとっちめてでも富樫にかかっていきそうな勢いで詰め寄ってきます。 幸四郎 あのときの金剛杖の握り方はお家によっていろいろです。うちは両手とも逆手で持ちます。ひたすら四人を抑えるということですね。順手と逆手で持つお家もあって、その場合はそのまま振り上げれば富樫に打ちかかれる握り方です。 ── 富樫が引っ込んだ後は弁慶はどんな思いですか。 幸四郎 まず主君に手を上げたことへの罪の意識ですね。これで安宅の関は通れたけれど、ゴールできたわけではなく。果たしてゴールはどこにあるのだろうかと。