「好奇心」を上げ、理科の学力偏差値を0.8上昇させた授業
37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。 そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された。 「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。 待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。 【この記事の画像を見る】 ● どうすれば子どもの「好奇心」が伸びるのか ここでは、子どもたちの「好奇心」を伸ばすプログラムについて詳しくご紹介します(*1)。 そもそも、好奇心は、より深く学ぶことへの原動力となります。これを掻き立てる1つの方法は、「既存の概念に疑問を抱かせる」ことです。 そこで、教員、童話作家、映像制作の技術者、教育学者などさまざまな専門家がチームとなって教材づくりを行いました。科目は理科です。そして、この理科の教材を使って各学校の担任の教員が授業ができるように、研修も行いました。 この教材の中身や授業の様子を撮影した写真が図1です。多くのアクティビティが含まれており、子どもたちが楽しんで学べるように工夫されています。 たとえば、この教材で「太陽系」について学ぶとき、担任の教員は「太陽系とは何か」などという小難しい説明から始めたりはしません。子どもたちに、宇宙の神秘についてのミステリー調の映像を見せるところから始めます。 それから、子どもたちに対して、自分が興味を持ったところを率直に表現させたり、疑問を持ったところを質問させるようにします。こうすることで、子どもたちは授業の内容に関心を深め、みずから答えを探したり、調べたりするようになるのです。 既存の概念に疑問を抱かせることに重点を置いたこの教材を用いて、担任の教員は1年間、理科の授業を行いました。 ● 好奇心が高まると知識が定着し、学力も上がる このプログラムは子どもたちの好奇心を高めることに成功したのでしょうか。 ここで子どもたちの「好奇心」なるものをどのようにして測ればよいのか、という疑問が生じます。スール・アラン教授らは、興味や関心を持った情報に対して、最大いくらまで支払ってもよいと思うかという「支払意思額」で子どもたちの好奇心を測りました。 まず教室で「宇宙」や「乗物」など、小学生が関心のあるテーマについて書かれた8冊のパンフレットを渡します。図2は、このパンフレットの表紙です。 各冊子には、小学生があっと驚くような情報が含まれています。「宇宙」のパンフレットには「火星の夜明けの色は青」、「乗物」のパンフレットには「飛行機のブラックボックスの本当の色はオレンジ」といった具合です。 そして次に、子どもたちに10枚のトークン(そのときにしか使えないおもちゃの通貨)を渡し、このトークンを使えば人気の文房具と交換できること、8冊のパンフレットのうち1冊だけはトークンと交換できることを伝えます。 ただし、文房具には値段がついているのに対して、パンフレットには値段がついていません。自分がパンフレットを手に入れるのに、10枚のうち何枚のトークンを使うのかを自分で決めるように指示されます。 しかし、自分が付けた値段が、クラスの平均を下回った場合、パンフレットを手に入れることはできず、10枚のトークンはすべて文房具と交換することになります。このため、自分が興味を惹かれたり、関心を持ったパンフレットを手に入れるためには、支払ってもよいと考える最大のトークンを使わなければならないのです。 アラン教授らは、子どもたちが自分が興味や関心を持ったものを手に入れるために支払ってもよいと考えたトークンの数が、子どもたちの興味や関心の支払意思額であり、「好奇心」を数値化したものだと考えました。 この理科の授業と教材の効果を検証するため、アラン教授らは、トルコの2つの州の公立小学校で2回のランダム化比較試験を行っています。 1回目の実験では、プログラムの対象となる25校(処置群と呼びます)と、ならない25校(対照群と呼びます)をランダムに分け、比較しました。2回目の実験は、少し数を増やして、別の学校で行われ、処置群43校、対照群41校を比較しました。 理科の授業を1年間受けたあと、子どもたちの好奇心が高まったかどうかを見てみると、処置群の子どもたちは対照群の子どもたちよりも支払意思額で計測した好奇心が高かったことがわかりました。平均して約4ポイント近くも高かったので、かなり大きな効果があったと言えます。 また、パンフレットの内容をどの程度覚えているかというテストをすると、処置群の子どもたちのほうがよく記憶していることもわかりました。つまり、好奇心の高まりは知識の定着を促したことがわかります。 好奇心の向上は、学力にも影響するのでしょうか。処置群の子どもたちは対照群の子どもたちよりも平均して約0.8も理科の学力テストの偏差値が高かったことがわかっています。学力に対する効果はプログラムが終了して3年たったあとも持続していました。好奇心の向上は学力向上にもつながり、その効果が長期にわたって持続することが示されたのです。 参考文献 *1 Alan, S., & Mumcu, I. (2024). Nurturing childhood curiosity to enhance learning: Evidence from a randomized pedagogical intervention. American Economic Review , 114(4), 1173-1210. (この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)
中室牧子