「シカだけに仕方ない」125ccタイトル目前に時速170キロで鹿と激突、「5人目の日本人王者」の称号を逃した東雅雄のその後の人生
「あの瞬間のことは鮮明に覚えてます。怖かったという意識は全然なくて、突然出てきたので、うわって感じだった。鹿の大きさ? そこそこ大きかったですね」 【この記事の写真】男前で知られた現役時代の東のホンダ通算498勝目、大治郎の499勝目、ロッシの500勝目! 現役最終レース後の東の晴れやかな表情、ブリヂストン社員の東さん… 先日、サーキット秋ヶ瀬で久々に出会った東雅雄は、25年前の衝撃的な事故の記憶を生々しく語った。1999年に5人目の日本人王者になるはずだった東雅雄に降り掛かった災難である。 WGP参戦3年目を迎えていた東は、125ccクラスで開幕から3連勝を挙げるなど絶好調の滑り出し。シーズン前半9戦を終えた時点で5勝を挙げる快進撃を見せた。夏休み期間にチームの本拠地があるベルギーのリエージュに戻ると、「もうタイトルは獲ったも同然」とばかりにチームスタッフと祝杯を挙げるほど、王座はすでに手が届くところにあった。
いまなお語り草のレースアクシデント
しかし、後半戦のスタートとなった第10戦チェコGPで、東は信じられないようなアクシデントに遭遇する。 土曜日の予選セッションで東はコース上に出てきた鹿と激突した。前方に投げ出された東は宙を飛んでコースサイドに倒れ込み、大破したマシンはコース上に散らばって原形をとどめない。突然の衝撃的な出来事にサーキット中が静まり返った。 事故はブルノ・サーキットのバックストレートで起きた。この時、コースインしたばかりの東は全開の走りではなかったが、それでも170km/hほどは出ていた。コースサイドにいる鹿を目視したが、直後にその鹿がコースを横切り、東は避けきれずに激突。その瞬間の映像は、いまでもレース関係者の間で語り草となっている。 ブルノのバックストレートは緩い上り坂。そのストレートエンドに設置されたテレビカメラが捉える映像には、通常ならストレートを駆け抜けてくるマシンが浮かびあがるように姿を見せる。だが突然、ミサイルが直撃したのだろうかと思うほど大破し、バラバラに砕け散るマシンが画面に映り込んだ。テレビの画面が切り替わると、そこには鹿が横たわり、コースサイドに横たわる東はピクリとも動かない。 ブルノ郊外にあるブルノ・サーキットは深い森に囲まれており、野生動物が多いことでも知られる。とは言っても、鹿がコース上に飛び出してくることを予想する者はいなかったし、重大な事故が発生したことでセッションは赤旗中断。東は救急車で医務室に運ばれた。 プレスルームを飛び出した僕は医務室に駆けつけた。もちろん、中には入れてもらえず、状況を知るために外で待つことにした。しばらくすると、医務室から出てきたドクターが、鹿と激突した東を心配する日本人ジャーナリストの僕を中に招き入れてくれた。 ベッドに横たわって治療を受けている東は奇跡的とも言えるほど元気だった。猛スピードで鹿に激突しただけに背中の打撲など身体のあちこちを痛めていたが、骨折などの大きな怪我はなく、明るい表情で事故の瞬間を語ってくれた。 「コースサイドに鹿がいるのが見えた。じっとこっちを見てるので嫌な予感がしたんだけど、そこから急に飛び出してきたんですよ。避けようにも避けられなかった」 思いのほか元気な東を見てほっとした僕が「シカだけに仕方ない。しっかり叱っといたから」とジョークを飛ばすと、「もう、いいかげんにしてください」とかなり本気で怒られた。
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