真珠湾攻撃の裏で暗躍した「二重スパイ」の正体…戦場の英雄やセレブなどの顔を持った“怪物”
■新作ノンフィクションが明かす「歴史の空白」 こつぜんと消えたラトランドの足取り。謎の死と、二重スパイとしての活動。開戦直前、日本海軍の情報網は、アメリカFBIの攻勢で、事実上壊滅していた。なぜラトランドは、日本を裏切ったのか。二重スパイだったとしたら、アメリカ側とどのような取引を行ったのか。イギリスもアメリカも、その後「鉄の沈黙」を守り、機密解除されるまで、ラトランドの存在は事実上抹消されていた。
長い歴史の空白を埋め、積年の謎に光を当てたのは、今年11月下旬に刊行された翻訳ノンフィクション『ラトランド、お前は誰だ?』(河出書房新社)だ。著者のロナルド・ドラブキン氏は、インテル出身のエンジニアで、シリコンバレーで起業家やベンチャーキャピタリストとして成功を収めた。異色の経歴の実業家が、なぜ二重スパイに関心を抱いたのか。それは、まったくの偶然の導きだった。 コロナのパンデミックが世界を席巻した2020年、外出できず、暇を持て余していたドラブキン氏は、家族の歴史を調べてみようと思い立った。実は、祖父と父は、諜報活動に従事していた。何か手掛かりがあるかもしれないと思い、FBIに情報公開を請求した。その時偶然、ラトランドのファイルがごく最近、機密解除されたことを知り、好奇心に火が点いた。手に入れた文書を徹底的に読み込み、現場を歩いてラトランドの足取りを追い、日米両国で情報戦に詳しい専門家を訪ねて回った。
ドラブキン氏からコンタクトをもらい、渋谷の中華料理店で初めて会ったのは、2021年のはじめである。謎の男ラトランドに心惹かれた好事家同士、話は盛り上がった。その後、驚くほどの執念で取材をすすめ、原稿をまとめ上げると、辣腕のエージェントを味方につけ、アメリカの大手出版社から新進気鋭のノンフィクション作家として、鮮烈なデビューを飾った。 ファミリーヒストリーを知りたいという素朴な好奇心から始まった調査が、日米開戦前夜の「歴史の空白」を埋める発見へとつながっていった。