真珠湾攻撃の裏で暗躍した「二重スパイ」の正体…戦場の英雄やセレブなどの顔を持った“怪物”
破滅的な戦争への扉を開いた真珠湾攻撃。その裏で暗躍していた“謎の男”がいた。名前は、フレデリック・ラトランド。ある時は、第1次世界大戦でパイロットとして名をあげ、命懸けで仲間を救った《戦場の英雄》。ある時は、軍需産業に精通した《貿易商》。ある時は、ハリウッドの社交界に出入りする《セレブリティ》。いくつもの顔をもった“怪物”の正体は、日本とアメリカを手玉に取ろうとした、恐るべき《二重スパイ》。 彼がもたらした“情報”は、開戦へと舵を切る日本にどんな影響を与えたのか? ラトランドとはいったい、何者だったのか? ミステリアスな素顔に迫る翻訳ノンフィクション『ラトランド、お前は誰だ? 日本を真珠湾攻撃に導いた男』(ロナルド・ドラブキン著、辻元よしふみ訳、河出書房新社)が出版された。
■謎の二重スパイ ラトランドとの出会い 今から83年前の1941年12月8日。日本海軍の連合艦隊は真珠湾を奇襲攻撃。圧倒的な国力差があるアメリカとの戦争に突入した。 日本はなぜ開戦がもたらす重大な結果を読みきれず、引き返し不能点を越えてしまったのか。その水面下では、日米に加えて、イギリス、ソビエト、中国の思惑が複雑に入り乱れ、スパイ、盗聴、暗号解読といった情報の力で少しでも優位に立とうと各国がしのぎを削っていた。
筆者は、今から11年前、日米開戦前夜の熾烈な国際情報戦に迫る『NHKスペシャル』を制作し、取材成果を『インテリジェンス1941』(NHK出版)にまとめた。不世出の《二重スパイ》フレデリック・ラトランドの存在を知ったのも、その時である。 謎の男の正体を明かす機密文書は、ロンドン郊外にあるイギリス国立公文書館に眠っていた。 ヒトラー率いるナチスドイツの攻勢にさらされ、ドイツ空軍によって国土が猛烈な空襲にさらされ、ロンドンの街は、焦土と化した。巨大な危機に直面していたチャーチルは、情報戦を頼みの綱として、敵の作戦意図を知るために暗号解読機関の機能を大幅に強化。ケンブリッジ大学やオックスフォード大学から、数学者や言語学者を結集し、最高の頭脳を暗号解読につぎこんだ。そして、解読不可能といわれたナチスの暗号機「エニグマ(ドイツ語で謎という意味)」を解読。さらに、日本の外務省の暗号(通称パープル)や、日本海軍の暗号も破っていた。