「元首相」が何度も訪れる超高級老人ホーム。入居金1億円超えの施設で暮らす富裕層の意外な後悔とは?
ノンフィクションライター・甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』が話題だ。入居金が数億を超える「終の棲家」を取材し富裕層の聖域に踏み込んだ本書では、これまで分厚いベールに包まれてきた富裕層の老後が描かれている。本記事では、書籍の出版を記念して内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。 ● 憧れのベイサイドエリア 福岡市早良区にある介護付き有料老人ホーム「百道レジェンドハウス」(仮称)は、一般居室が122戸、介護居室は31戸あるタワー型の老人ホームだ。 最も高額な約120平米の部屋は、入居一時金だけで1億5千万円。福岡県の地価を考えれば、かなり高額だと言える。にもかかわらず、取材時点では小さめの居室が3室だけしか空いておらず、約30組が広い居室への空室待ちをしている状況だという。 施設には、絶景が望めるスカイラウンジや屋上庭園、麻雀ができるゲームルームや、ビリヤードコーナー、マッサージ室、理美容室、ゲストルームなど、超高級と呼ばれる他の老人ホームと同様のハードを備えている。もちろん各居室内には、緊急コールや床暖房なども完備されている。 地下1300メートルからくみ上げた天然温泉の大浴場がこの施設のウリではあるが、そうしたことよりも目を奪われたのは、築16年とは思えないほど共用部が綺麗なことだった。細かな所にまで管理が行き届いているように感じた。 ここに暮らす高齢者たちは、どのような経緯で施設への入居を決断し、実際どんな生活を送っているのだろうか。
● 「もっと早く入居すればよかった」 百道レジェンドハウスでは定期的に送迎車のアルファードで巡回サービスを行っている。午前11時15分。この日、3便目の送迎車に同乗し、ショッピングに向かう入居者にインタビューすることができた。 アルファードに乗り込んできたのは、82歳の女性入居者。行先はショッピングセンターのイオンだといい、運転を担当する男性は、気を遣いながら車を走らせた。 「私が入居したきっかけは子どもに迷惑をかけたくないからです。私は5人も介護していて、大変さを味わいましたので。今ではやっと自分の時間が持てるようになりましたよ。もっと早く入居すればよかったと思っています」 同乗していた女性は、ゆっくりとした口調で意外な後悔を語った。 数分で目的地に到着すると、運転手の男性は後部座席まで駆け寄って女性を車から降ろし、店内のエレベーター前まで案内。今度は施設に帰宅する別の女性の荷物を手に持ち車に戻った。 再び同乗してきた別の女性に、入居の動機について聞いてみると、明るくこう話した。 「私の出身は福岡なんですけど、結婚して東京の目黒区で40年以上暮らしました。でも主人が亡くなったので福岡に戻ってきたんです。両親も兄弟も亡くなって、福岡にはもう家族はいないので、最期まで看取ってくれるというのがいいなと思ったんです」 ● 麻生太郎元首相の訪問も また、取材を通じて複数の入居者から施設での暮らしについてこんな裏話も聞けた。 「地元の大物財界人も入居しているため、以前、麻生太郎さんがSPを数人連れて、ここに来ていたのを何度か見たことがあります」 「大浴場では暗黙の了解で定位置が決まっており、シャワーの水がかかったとかで喧嘩が起きたこともありますね」 「ダイニングの座席は古株の人が絶対ここに座るという場所があります。事情を知らない新しい入居者には、ダイニングのスタッフが気を利かせて無難な席に案内しているのを見ると、スタッフも大変だなと思いますよ」 入居者同士の距離感は施設によってさまざまだ。だが、百道レジェンドハウスでは、スタッフも含めて理想的な暮らしを模索しているように感じられた。 (本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです) 甚野博則(じんの・ひろのり) 1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)がある。
甚野博則