「この車だけは、永遠に手放したくない」2年で2万4000km走るほど、テスタロッサに首ったけ!
この記事は【若きオーナーが毎日ロンドンで乗り回すテスタロッサ|めずらしい色の決め手は?】の続きです。 【画像】SNSやロンドン市内で何度も見かける有名なテスタロッサと、若きオーナー(写真7点) ーーー ●日常の足に使いたい マーリンが次に優先したのは、テスタロッサを日常的に使える車にすることだった。大きな財布と相当の覚悟がいることだ。マーリンに説明してもらおう。「たいした車だよ。それほど古くもない。後期の1台だから、人気は劣るけれど、実は開発がしっかり進んでいて、デフもまともだし、5ボルトホイールで、燃料システムも優秀。心配することは何ひとつ残っていない」 「ひと財産」を費やして信頼できる状態に仕上げると、マーリンは考えていたことを実行に移した。ロンドン中心部で頻繁に目撃されている(冷却ファンが4個あるので、1日中アイドリングしていてもオーバーヒートしない)だけでなく、入手直後にはこれでパリのレトロモビルへ出掛けたし、ヨーロッパを何度も横断し、スコットランドでは洪水で冠水した場所も通過した。『Octane』が撮影したときも、前日にイタリアから走って戻ったばかりだった。 「結婚式に出るために、二人で夜通し運転した。ロンドンを真夜中に出て、ポルトフィーノに着いたのは翌日の午後だ。週末だけで2500km走行したよ。平均しても3桁の速度で(mphではなくkm/hだと思うことにしよう…)、どこまでも滑るように走り、燃費はリッターあたり7kmだった。結婚式のあとはヴィラ・デステに立ち寄って、そこから家まで交代しながら9時間走り続けた。僕たちが所有する車の中でもジョージアのお気に入りで、彼女も僕と同じくらいよく使っているよ」 「すっかり使うのに慣れたから、何があってもひるむことはないね。晴れでも雪でもあられでも走ったし、市街地も荒野のまっただ中も、高速道路も山道も走った。それでも、『ほかの車ならよかったのに』と思ったことは一度もない。めずらしいことだよ。僕は車をひっきりなしに変える人間なんだ。僕にとって車は銀行口座みたいなもので、ときどき現金化する必要がある。だけど、喜んで認める。公言してもいいよ!今まで所有した中でも、この車だけは、永遠に手放したくない。そのくらい強い絆ができ上がった」 ロンドンには特有の難しさがあり、車幅を制限するために設置された縁石でホイールを何度かこすったことをマーリンも認める。大きな理由は、リアのトレッドがフロントより14cmも(!)大きいからだ。想像してみてほしい。それで市街地の縁石に浴って縦列駐車をするのは、かなり頭を使う。 この上なく華麗なものといえば、私にとってはロンドンの金融街シティと並んで、緩やかにカープするフランスの田舎道が思い浮かぶ。プレントフォードから西へ伸びる幹線道路のA4は、ナポレオン街道やドロミテ街道とは比べものにならないが、ロンドンから続々と吐き出される白いバンの群れに取り囲まれても、このフェラーリはひときわ光る走りを見せた。 ●万能のフェラーリか? 私の身長が低いせいもあるが、テスタロッサに乗り込んでみると、想像以上にスペースに余裕があり、明るい印象だ。エクステリアから思い描くのとは違う。乗り降りにもそれほど苦労しない。シートは居心地がよく、計l類はシンプルで、正面のビナクルとセンターコンソールに配置されている。ステアリングは、太いものが多かった時代の割には、想像するよりずっと細身だ。視界は抜群。もちろん、ジウジアーロのガラス張りのデザインほどではないが、カウンタックに比べたら雲泥の差である。 キーを回して点火すると、エンジン音がまったく車内に出しゃばってこない。車は理想的なアイドリングを決めかねて、いつまでも少し探している感じだ。素晴らしいサウンドだが、3000rpm以上に回転を上げなければ、車外で聞くような音を楽しむことはできない。とくにこの1台は大音量だ。日本のMSレーシングによる可変バルブ付きエグゾースト(もちろん設定は最大)を装着しているのである。 ペダル類はとんでもなく右にずれているが、すぐに慣れる。2速を飛ばすことにも慣れた頃には、ギアボックスの温度がしっかり上がった。温度さえ上がれば申し分ない。 このテスタロッサには適度に余裕があり、かつルーズではないので、急に飛び乗って運転するのにぴったりだ。ほとんどの点で、やっかいなところや神経質なところも、1970年代のほかのスポーツカーと同じ程度である。燃料噴射による滑らかさは、バックファイアをパンパンと吐き出すこれより前の時代のフェラーリとは一線を画す。ギア比の高さも意外だった。エンジンは早くも3000rpmから歌い始めるが、本当に生き生きしてくるのは5000rpmからで、そこからレッドゾーンの6800rpmまで、声を限りに歌い上げる。ブレーキは酷評されてきたが、必要十分。ずば抜けて優秀ではないが、壊滅的に悪いわけでもない。 ただし、ツインプレートクラッチは… オーナーは最近、3万ポンドの出費に泣いた。スイスで傾斜のきつい車寄せをバックで登って、1枚焼き付いてしまったのだ。私たちは、半クラッチの多用は避けてほしいと丁重ながら厳命された。冷えているときならそれを守るのは簡単だ。1速に入れれば、スロットルペダルを踏まなくてもATのようにゆっくり進み始める。しかし温まると、回転を上げなければストールしやすくなるので、少々やっかいだ。 ステアリングは軽く正確だし、グリップは目を見張るほどで、履き古したミシュランとは思えない(マーリンが車を購入したときには新品だったが、今は交換が必要で、2000ポンドほどかかる見込み)。そうはいっても、狭い田舎道で振り回すような車ではない。やろうと思えばできるのだろうが、それはもっと小型・軽量で、これほどパワフルではない車に任せておくべきだ。テスタロッサの低い運転席に座ったら、どこを走っても、両側に木が立ち並ぶフランスの幹線道路を駆け抜けている気分になる。イタリアまで延々と続く退屈な高速道路ではなくて、流れるようにカーブする片側1車線の道だ。前をふさぐトラックを力強く抜き去り、あの壮麗なエンジンが上げる喜びの咆哮を余すことなく楽しめるような場所。たしかに当時としては車幅の広い車だった。それは間違いないが、今ならあまり気にはならない。それに、交通量が多いときも、モノスペッキオより低い位置に付いた左右2個のミラーが物をいう。 試乗を終えたあと、車と一緒にマーリンのポートレートを撮ることになった。彼は、アカデミー賞のレッドカーペットを歩く体優のように颯爽と“セット” に現れると、あの波打つサイドスカートの上に悠々と腰掛けた。1970年代風にシャツのボタンを外し、手には金色のフレームのサングラス、豊かな髪は理髪店の壁を飾る写真のように見事に整っている。 テスタロッサだけに、まるで『マイアミ・バイス』のセットから抜け出してきたかのようだ。その様子からは自信がにじみ出して見える。…いささか鼻につくほどに。しかし、そこで彼はぶるっと身震いすると、「写真を撮られるのは嫌いなんだ」と恥ずかしそうにつぶやいた。インターネットを見る限り、とうていそうは思えないが、私は彼の言葉を信じる。 何といっても、外見は人を欺くことがあるのだから。 編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Transcreation : Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation: Megumi KINOSHITA Words: James Elliott Photography: Paul Harmer
Octane Japan 編集部