“国境を封鎖せよ”トランプ主義とグローバリズムの現在
トランプ政権を支える反移民感情
一方、「テロ対策」から離れた「不法移民」の問題に目を向けると、特に焦点になってきたのが、アメリカの移民の約51パーセント(ピュー・リサーチ・センター調べ)を占める、カリブ海一帯を含む中南米からの移民(ヒスパニック)でした。 ヒスパニックの不法移民の多くが入国するメキシコとの国境に長さ96キロに及ぶ壁を建設するため、トランプ政権は2018年度予算に30億ドルを計上するなど、対策を強化しています(ただし、「費用をメキシコに負担させる」というトランプ氏の主張は実現していない)。この壁はイスラエルが「テロ対策」としてパレスチナ占領地で建設する分離壁にもなぞらえられ、「分断」の象徴として批判されてきましたが、同時にこれに対する支持も小さくありません。 ピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、アメリカでは2017年段階で「移民が勤労や才能を通じて国を強くする」という回答が65パーセントに上り、「移民は雇用、居住、医療保険などで国の負担になる」(26パーセント)を大きく上回りました。アメリカが「移民の国」であることからすれば、これは不思議ではありません。 ただし、そこには党派ごとに差が大きく、民主党支持者で「移民が国を強くする」と答えた回答者が84パーセントだったのに対して、共和党支持者では44パーセントでした。 さらに、移民の中でも不法移民に対する警戒感で双方の違いはさらに大きくなります。2018年1月に発表されたピュー・リサーチ・センターの報告では、メキシコ国境での壁の拡大を支持する回答者は、民主党支持者では13パーセントにとどまった一方、共和党支持者では72パーセントに上りました。
本当に国境を“封鎖”することはできるのか
この支持を背景に、トランプ政権はメキシコ国境で壁の建設を進めているだけでなく、中間選挙前後には、不法移民対策を強化する方針を矢継ぎ早に打ち出しました。そこには、貧困や麻薬カルテルの抗争などを背景にホンジュラスを逃れた移民希望者のキャラバンを「侵略」と呼んで5200人の軍隊を派遣し、発砲もあり得ると示唆した(10月29日)ことをはじめ、親の国籍にかかわらずアメリカで生まれた者に市民権を認める出生地主義を見直す提案(10月30日)、入国後の不法移民が難民申請をすることの禁止(11月8日)などが含まれます。 それでは、実際に不法移民を徹底的に取り締まることはできるのでしょうか。 国際法的には「出国」は個人の権利として認められていますが、「入国」は受け入れる側の政府に決定権があり、移民だけでなく難民の認定も各国政府に裁量が認められています。そのため、「違法に入国する者」とみなす者を排除したとしても、法的には問題ありません。 もちろん、シリアからの難民申請者が押し寄せた国境を閉鎖したポーランド政府が国際的な批判にさらされたように、悲惨な境遇を逃れてきた人々を門前払いすれば、それだけで「人道的でない国」というレッテルを貼られます。とはいえ、超大国アメリカにとって海外からの批判で受けるダメージは他の国より圧倒的に小さく、そのうえトランプ大統領は海外からの批判をナショナリズムに傾いた支持を固める材料にしているため、「非人道的」という評判そのものはトランプ政権にとって大きな問題にはなりません。 ただし、実際に不法移民をシャットアウトすることは、トランプ大統領にとってもリスクがあります。例えば、共和党の支持が固い南部や中西部の農園では、人手の多くを人件費の安い移民(とりわけヒスパニック)に頼っており、その中には不法移民も多く含まれます。 不法移民抜きでアメリカ経済が成り立たないだけでなく、共和党支持者の間でもトランプ大統領の強硬姿勢の全てが受け入れられているとは限りません。現状のアメリカでは、例え不法入国でも判断力の乏しい子どものうちに(本人の責任でなく)入国した者には永住権が認められますが、ピュー・リサーチ・センターによると、これに対する支持が民主党支持者で72パーセントだったのに対して、共和党支持者でも50パーセントに達しました。だとすれば、トランプ大統領が打ち出した「出生地主義」の見直しには、さらに消極的な意見が多いとみられます。 そのため、実際に不法移民を徹底的に取り締まることは、ほぼ不可能といえますが、それを主張すること自体、トランプ政権にとっては移民に批判的な階層や地域の支持を固めるという国内政治的な意味があるといえます。