伝説の"極悪女王"ダンプ松本インタビュー「ゴキブリ入りケーキにしても『死ね』と書かれた山のような年賀状にしても『わざわざありがとう!』って気持ちだったね」
大ヒット中のドラマ『極悪女王』(Netflix)のモデルとなり、日本の女子プロレス界を大きく変えたヒールのパイオニア、ダンプ松本。その歩みを今振り返る! 【写真】伝説の"極悪女王"ダンプ松本 * * * ――ダンプさんはもともとご自身からヒールを志望したそうですね。 ダンプ松本(以下、ダンプ) 最初からやりたいって言っていましたね。ジャッキー(佐藤)さんに憧れて、全女(全日本女子プロレス興業)に入ったけど、当時の顔ぶれを見たら、ベビー(フェイス)でトップになるのは無理だと思ったので。 もともと女子プロレスラーになろうと思ったのは、お母さんを幸せにしたい、お金持ちになりたいって思ったから。そのためにどうしてもトップになりたかったんですよね。 ――ヒールユニットであるブラック軍団、ブラックデビルを経て、1984年にクレーン・ユウと極悪同盟を立ち上げます。 ダンプ それまで誰もやっていなかったことをやろうと思ったのね。見た目もそうだし、散々、凶器を振り回したのもそう。まぁ、見た目はみっともないからやめろと先輩や会社からよく言われたけど。 ――あそこまで派手なメイクや革ジャンをまとった毒々しいスタイルは画期的でしたね。 ダンプ メイクはもともとエクボを隠すためにしたんだよね。怖がってもらえないから(笑)。そうしたらたまたま読んでた『週刊明星』に(ロックバンドの)キッスが出ていて、「これだ!」と。革ジャンは妹が不良で。部屋に貼ってあった、クールスや横浜銀蝿のポスターを真似た。 ついでに言えば髪の毛はニューヨークに行った時、デブで顔がデカいなら刈ったほうが似合うとか言われて半ば強引にモヒカンかってくらい短髪にされて。でもそれで毛先を立たせたらいい感じになった。 全部、計算したわけじゃなく、たまたまだったんだよね。ユウさん同じ格好をしたいっていうから二人して出たら会場中、大騒ぎになっちゃって。徹底的に叩かれたよ。でもこっちは嫌われるためにやってるんだから、してやったりだったね。 ――試合でもその頃から人気が出て、やがて全盛期を迎えるクラッシュ・ギャルズと死闘を繰り広げましたね。 ダンプ もともとジャッキーさんの試合で暴れるヒールのモンスターリッパーを「ふざけんな、この野郎!」とか思いながら観ていたから、どうすればファンが怒るかよくわかっててね。