作家・小林エリカ×ソプラノ歌手・田中彩子「音楽を通して伝えたいメッセージ」[FRaU]
小林 このプロジェクトも田中さんご自身でクラウドファンディングを立ち上げたり、企業を回って協賛を募ったりされたと伺いました。そのパワーは一体どこから生まれてくるのか……本当に尊敬します。 田中 以前、公演でブエノスアイレスを訪れた時、いわゆるスラム街というのを初めて目の当たりにして驚愕したんです。テレビなどでなんとなく知ったつもりになっていましたが、現実はそんなものじゃなかった。同行者に「日本は夢物語みたいな国だけど、これが世界のリアルだ。君はそれを知っておくべきだ」と言われて、その言葉が心に重く響きました。でもそんな環境の中でもオーケストラで演奏している子がいると聞いて、ぜひ会ってみたいと思って。
小林 それがアルゼンチン国立青少年交響楽団との出会いだったんですね。 田中 実際に会ってみると、みんな同じように見えるんです。でも家に帰ると、ベッドで眠れる子もいれば、そうできないような境遇の子もいます。ああ、この楽団には世界が全部凝縮されているなと感じました。それでもみんな音楽がやりたくて、オーディションを受けて、平等に教育を受ける機会を得ている。そんな姿を見て、私はこの子たちとちゃんと向き合えるようなことができているかって、自分を省みるきっかけをもらったんです。それで2019年に音楽にまつわる教育や国際交流を通じて、子どもたちに将来への希望や夢を見つけてもらうことを目指す団体「Japan Association for Music Education Program(Japan MEP)」を設立して、アルゼンチン国立青少年交響楽団を日本に招聘する企画を立ち上げました。 小林 世界中で公演活動を行っているだけでも大変なことなのに、社会に対してアクションを起こす行動を続けていくなんて。その根底にはどんな思いがあるのですか。 田中 私は22歳でデビューしたのですが、ずっと舞台に立って歌うということに違和感を持っていました。それって何なのかなって考えていたら、自分自身にだけ情熱を注ぐということが、どうもしっくりきていなかったんだと気がついたんです。 小林 それに気がつくきっかけのような出来事があったのでしょうか。 田中 一番大きかったのは国際紛争を調停するプロで、「最後の調停官」と呼ばれる島田久仁彦さんのお話を伺ったことでした。島田さんは紛争地で活動される傍ら、プライベートで子どもたちにぬいぐるみを配る活動をされていたんです。紛争地の子どもたちの中には爆弾が仕込まれたぬいぐるみを拾って命を落とす子もいて、ぬいぐるみ=爆弾という恐ろしいイメージを持っている子どもがいるそうです。でも本当はぬいぐるみってかわいくて、大切にするものなんだよって、それを伝えるために行くんだとおっしゃっていて。それを聞いた時に、自分の中でモヤモヤしていたものが一本の筋になって、自分もそういう活動を、音楽を通じてできないだろうか。私が動くことで水面にポチャンと水滴が落ちて、それが波紋のように広がっていくような活動ができないかと考えるようになりました。