『あなたの番です』『変な家』...令和の若者に“考察ドラマ”がヒットする理由
昨今、ドラマやアニメの解釈を語る「考察記事」や「考察動画」が世の中にはあふれている。文芸評論家の三宅香帆氏は、昭和・平成は「批評の時代」だったが、令和のいまは「考察の時代」だと指摘。『あなたの番です』『変な家』『君たちはどう生きるか』など、近年話題を呼んだエンタメ作品から、令和のヒットの法則を読み解く。 【データ】現代人が1か月に読む本の冊数はまさかの...? ※本稿は、『Voice』(2024年11月号)の著者の連載「考察したい若者たち」より抜粋、編集したものです。
令和の「考察ドラマ」がヒットする理由
「考察」という言葉を聞いたことがあるだろうか。 その言葉が特別な文脈のなかで注目されたのは、2019年だった。ドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)がきっかけだ。作詞家の秋元康が企画を手掛け、ヒットした。 考察とは何か。それは事件の真犯人などの「謎」を、作中のヒントから推察し、その推察をSNSやブログで語ることを指す。 『あなたの番です』、通称「あな番」は2クール計20話、日本のドラマにおいては異例の長さで放送された作品だ。最終回には日本テレビ日曜ドラマ枠最高視聴率(19.4%)を叩き出し、SNSのTwitter(現X)で世界トレンド1位を獲得した。この大ヒットドラマは、いつしか「考察ドラマ」と呼ばれるようになった。 といっても、「あな番」以前からSNSでドラマの「考察」を語り合う文化は、少しずつ流行していた。なにも「あな番」がはじめて考察をつくり上げたわけではない。 たとえば『カルテット』(2017年、TBS系)は、SNSやブログでファンが先の展開予想について語り合うことで視聴者を増やした。もっと時を遡ると『あまちゃん』(2013年、NHK)は、作中に登場する歌詞についてさまざまな人が「考察」していた。 つまり、2010年以降じわじわと浸透していた、ドラマの考察をSNSで楽しむ文化。それが2019年になって――すなわち時代が令和になってから――制作者側が狙ってヒットを生み出せる素地になった。 そう、「あな番」がそれまでのドラマと異なるところは、制作者側の狙いにある。「あな番」は、制作者が「考察」を狙い、ヒットした作品だったのだ。本作は視聴者がSNSで「考察」を拡散し楽しむことを前提としてつくった。プロデューサーの鈴間広枝はそう語る。 一部のコアな方たちが「考察」をしてくれたらいいなと、作る側としてもヒントを仕込みました。脚本家の福原さんも、すごく上手にみんなを怪しく描いてくださって、監督陣も役者さんもその"怪しさ"の具合を話し合いながら、楽しんで作っていました。何度も見て、きっとヒントを見つけてくれるだろうと。 でも予想を上回る人たちが、鋭い「考察」をしてくれたので私たちも驚きました。ほとんど仕込んだヒントはみなさん見つけてくれたと思います。原作がないからこそ、次の展開がわからないし、真犯人は誰も知らないからこそ、みんなが「考察」をしてくれたんだと思います。想像以上に精緻に「考察」がなされたので、こちらのミスのところも余計な憶測を呼んでしまったり、反省点も多くあります。 (博報堂DYメディアパートナーズ、2019年10月8日) つまり「考察ドラマ」には、3つのプロセスが存在する。 ①作者(広い意味でのドラマ制作スタッフ)が、作品に謎とヒントを仕掛ける。 ②視聴者はヒントを見つけ、謎ときの材料にして、シェアする。 ③作品内で、謎解きが行なわれる。 正直、このようなプロセスのみを見ると、「なんだ、ただのミステリ小説やミステリ映画がやってきたことじゃないか」と思うかもしれない。しかし、そう片づけるにはまだ早い。面白いのは、一見ミステリジャンルにカテゴライズされないであろう作品すら、SNS上では「考察」が盛り上がるところだ。 「あな番」のヒットを契機に、考察ドラマは世間に広く浸透した。令和になってからというもの、2021年『最愛』(TBS系)、2021~2022年『真犯人フラグ』(日本テレビ系)、2023年『VIVANT』(TBS系)などのドラマは、地上波放送よりも視聴者層が若いTVerで多く見られるなど、とりわけ若者のあいだで流行した。 だが、このうち『最愛』はサスペンスとラブストーリーが入り混じったドラマであり、『VIVANT』は会社員が冒険に巻き込まれる展開から始まるドラマである。実際『VIVANT』監督の福澤克雄は「僕は考察ドラマを作る気は全くなかった」「考察のことは一切考えず"ドラマとしてどうなるか"ということだけを考えて作りました」と語る(「ORICON NEWS」2023年12月5日)。 だとすれば、これらのドラマにおいては、むしろ視聴者がSNSで自ら「考察」できるポイントを探そうとしているようにすら見える。 令和の視聴者にとって――とくに若者世代を中心に――「考察」とは、フィクションを楽しむ一つの手段となっている。その傾向は、小説の世界でも現れている。