1ドル=180円になっても新NISAを支持できるか、と問いたい
田内氏:例えば、隣のお金持ちが外貨で膨大な蓄財をしていたところで、そこにどんな意味があるのか。そういうお金持ちがたくさんいて国全体では経常黒字だったとしても、「黒字だからいいよね」と言えるのだろうか。彼らがその外貨を使って円を買い支えてくれるわけではないので、円安になって海外から輸入する燃料や食料の価格が上昇して困っているわけですから。 唐鎌氏:日本の経常黒字には、外貨建ての資産を円換算したものも含まれているということを多くの人は知りません。貿易収支のフロー(黒字や赤字)は必ず為替市場に取引として現れますが、日本企業が海外投資によって稼いだ利益、すなわち第1次所得収支に属するフローは必ずしもそうではありません。最近、日本企業では海外で稼いだ利益をそのまま海外に置いておく内部留保、つまり統計上は「再投資収益」といわれる部分が年々増えています。それも経常黒字にカウントされているわけです。海外に置いたままになるのはある意味当然の話で、そもそも日本で稼げないから海外に投資したのに、海外で得た収益を日本に戻す理由は乏しいに決まっているんです。海外で再投資するのが一番もうかる方法ですから。 ●外貨のまま戻ってこないお金 田内氏:今、新NISAで外国株式の投資信託を買っている人たちも老後は日本で生活するわけだから、積み立てているお金は将来日本に還流してくるはずだ、と言っている人もいます。 唐鎌氏:本当にそうなりますか?という感じはあります。必ず戻ってくる保証はないはずです。海外に移住する人だっているでしょうし、今は外貨を外貨のままで使える金融サービスもあります。 田内氏:ありますね。 唐鎌氏:海外に置いてあるお金を国内に戻さなければならない義務はないし、百歩譲って戻ってくるとしても、それはいつのことでしょうか。20年後に戻ってきても遅いんです。今、日本は円安で困るという話をしているわけですから。財務省の統計によれば、投資信託経由の対外証券投資は24年1月から8月までの合計で買越額が9兆円にも達しています。23年は1年間で約4兆5000億円でしたので、すでに2倍相当の外貨資産投資が出ている計算になります。普通に考えればこれも円安の要因になります。 ただ、それを指摘すると、「新NISAでようやく国際分散投資の流れが出てきたのに、それに水を差すようなことは言うべきではない」という意見も出てくる。それは正論でしょう。しかし、「1ドル=180円」になっても同じことが言えますか、という話です。今年に入ってからオルカン(=オール・カントリー、全世界株式)やS&P500種株価指数に投資を積み上げる人々が国際分散投資のメリットを理解して私財をなげうっているのでしょうか。私は違うと思います。日本人が一気呵成(かせい)に動くときは「皆がやっているからやる」という動機に駆られやすい。だから心配なのです。 田内氏:1ドル=160円を超えたあたりから、急に世論の風向きが変わったような感じがありましたよね。円安は電気代や食料品などの物価高につながるので、消費者としては大問題。日本の構造的な問題として、消費者は小麦や石油を買うために、外貨を今後も買い続ける必要がある。余裕資金がある人は外貨投資をしていますが、ある意味、先回りしてドルを買っているようなものです。困るのは大多数の消費者ですから、世論を気にして、政府も何かアクションを起こさないとまずいよね、という感じになったと思います。 唐鎌氏:例えばあのまま1ドル=170円、180円と円安が続いていた場合、「新NISA、このままで大丈夫なのか?」という議論は出ていた可能性は十分にあると思います。もちろん、タラレバの話ですが、「国際分散投資が動き始めたのだから邪魔するな」という意見はあまりにもナイーブな気がしています。新NISAのお金の多くが外貨建ての商品に行っている現実は、個人にとっては合理的でも経済全体にとっては良くない結果に至る、「合成の誤謬(ごびゅう)」ともいえる問題でしょう。 (構成:森田聡子)
田内 学