洞窟で遭難した「タイの少年サッカーチーム13人」の救出のため集まった「100を超える国家の人々」…赤の他人のために犠牲さえも払う「人間のモラル」の謎
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第39回 『毒矢を放ち続けられ、「ヤマアラシ」のようになった死体…アフリカの部族の処刑から考える、人間が家畜化した“残虐な”理由』より続く
洞窟でタイの少年サッカーチームが遭難
タムルアン洞窟で遭難したタイの少年サッカーチーム「ワイルド・ボアズ」の12人の選手と1人のコーチが、10日後にイギリス人ダイバーのジョン・ヴォランセンとリチャード・スタントンによって、洞窟内の高みにいたところを発見された。食べ物も光もない場所にいた彼らは、健康ではあったが時間感覚は完全に失っていた。 洞窟の中で、少年らは話し合い、家が遠い者から順番に救助されることに決めた。自転車で家まで帰らなければならないと考えたからだ。彼らは、自分たちの運命が1週間以上前から全世界で注目されていることも、洞窟の入り口には、100人を超えるプロのダイバー、2000人以上の兵士、100を超える国家の代表者、ジャーナリスト、医師、やじ馬、彼らの両親が、合計1万人以上集まっていることも知らなかった。 誰一人として、救助の成功を本気で信じてはいなかった。当然だ。モンスーンによる大雨の降りしきるなか、世界で最も危険な洞窟から1人の若者と12人の少年を救助できるなど、誰にも想像できなかった。多くがカナヅチだった少年たちが水中でパニックに陥ったら困るので、強い鎮静剤を投与し、顔全体を覆う酸素マスクをつけた。 それだけの準備を整えてから、イギリス、アメリカ、オーストラリアの経験豊かなダイバーと地元タイの海軍特殊部隊が、流れの激しい入り組んだ洞窟に入り、少年らを導いた。その際、ダイバーの1人が命を落としている。救助は成功し、遭難から18日後、無国籍のモンコル・ブンピャムが最後の救出者として洞窟をあとにした。
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