「治癒は後でも、今ケアする」認知症発症率は子どものころの生活も影響、患者と介護者が今からできること
病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。<本日の患者> E.S.さん、61歳、女性、主婦。 「先生、高齢者の7人に1人が認知症になるって本当ですか」 「あれ、E.S.さん、とても具体的な質問ですね。どうしたんですか」 「この前、テレビでも新聞でも報道してましたよ。今後の対策をとらないと介護不足で大変なことになるって」 「そのニュースは見ました。そうですね、そういう推計はあります。でも、認知症にならないようにするにはどうしたら良いかに、もっと予防に焦点を当てた報道をしてほしかったですね」 E.S.さんは、10年前から自宅で認知症の義母T.S.さんを介護していて、7年前から私の働く診療所を利用している。最初の受診は不眠と腰痛を訴えて、「症状を和らげる薬が欲しい」というものだった。 でもよく話を聴くと、当時E.S.さんは1人でT.S.さんの介護をしていて、心身に相当な負担がかかっていた。うつ病と診断して、主に心理的ケアを進めることで症状を改善することができた。 腰痛については特別悪い疾患の兆候はない慢性腰痛で、私が実践している「ゆる体操」からいくつかの体操を指導してやってもらうことで改善している。うつ病の軽快とも相乗効果があるように見えた。 その後の継続したケアの過程で、5年前から高血圧が見つかり、現在はそのマネジメントを中心に定期受診している。E.S.さんのうつ病をきっかけに母親(T.S.さん)の介護に協力するようになった夫のD.S.さんも、高血圧と脂質異常があって心血管リスクが高かったために、この診療所を利用して生活習慣の改善に努めてもらっている。
認知症患者数推計の出所を探して
5月8日のニュースは、「認知症の患者数が2030年に523万人にのぼる見通しとなった」(日本経済新聞)、「認知症の高齢者は団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年に推計584万2000人」(NHK)などと報道されたので、多くの人にとって記憶に新しいことだろう。 ただ、この種の健康問題に関連する報道に対して、私はついつい「批判的吟味」をしてしまう。「この報道の元になるエビデンスはいつ、誰が、何を(誰を)対象に、どのように生み出され、どこで発表されたのだろう」「それはプライマリ・ヘルス・ケアの現場で意味のあるエビデンスだろうか」などの疑問が自動的に湧いてくる。家庭医の職業病とも言えて、家族の失笑を買っている。 今回のエビデンスの元は、厚生労働研究班(代表者・二宮利治九州大学教授)が5月8日に発表した推計であることは報道された記事に書かれていた。ただ、厚生労働省のウェブサイトを検索しても、容易に推計の元となった最新の情報を見出すことはできなかった。しばしば思うことであるが、日本のメディアも省庁も、報道に関連する情報源(参考文献やウェブサイト)をもっと参照しやすく明示してほしいものだ。 幸い、頼りになる知人から、内閣官房の第2回「認知症施策推進関係者会議」で発表された資料があると教えてもらえた。 それによると、今回発表されたエビデンスは、2022~23年度に石川、島根、愛媛、福岡県の4つの町で行われた高齢者の認知症および軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)の有病率を調べる悉皆(しっかい)調査(調査対象となる母集団すべてを調べる統計調査。全数調査とも呼ばれる)を元に推計したものだった。