【陸上】再び歩き出した王者――競歩・山西利和の中にいたもう一人の自分「矛盾を許すのか、許さないのか」
日本選手権の結果についての2つの価値観
日本選手権の結果、パリ五輪を逃した。その結果に対して2つの価値観があるという。 「もちろん、今回の結果は良くなかった。実業団として続ける以上、期待に応えられなかったので真摯に受け止めないといけません。自分の置かれている立場、サポートしていただいているものに対して、最低限返さないといけないラインがあって、その最低ラインをどう守っていくか。今回、それができなかった。仕事でも同じで反省して、次につなげていかないといけない」 ただ――。 「アスリート、個人の在り方として、細かい反省点はあるのですが、今回のチャレンジによる失敗も、そんなに後悔するほどのことではない、と思っている部分もあるんです。やりたいチャレンジをして、うまくいかないことも経験して。『そりゃそんなに甘くないよな』と単純に現実を突きつけられる。それは仕方ない、と」 その2つの価値観の中で揺れ動く。頭の中に2人の別の自分が話しかける。 「日本選手権の直後はあんな感じで言ってしまったのですが、僕の中で『こんな形で辞めるのはないだろう。ダサすぎる』と自分では思っているわけです。ただ、一方で、代表から外れたら辞める覚悟で頑張ってきた数年間の自分との“矛盾”がありました。5年前の自分が聞いたら『お前、ふざけんなよ』『そんな覚悟でやってねぇだろ』って多分言うと思うんです。その矛盾を許すのか、許さないのか。どうけじめをつけるか、折り合いをつけるか」 一歩目を踏み出すと決めたのはいつだったのか。 「自分の中でどう折り合いをつけようとかというのは何日かウダウダと考えていました。でも、レース当日の晩には、4、5月のヨーロッパの試合スケジュールを調べて、カレンダーを開いていたんですよ。めちゃくちゃだな、矛盾しているなとわかっているんですけど」 少し恥ずかしそうに明かした。「この状態で辞めるという選択はない。あとはコイツ(もう一人の自分)をどう説得しようかな、どうごまかそうかなって考えながら、気持ちは次のことに転がり始めていましたね」。もう一人の若き自分に問いかける。「君が求めるところまで、ある程度はクリアしたでしょ?」。これが、大ケガで再起不能だったり、年齢による明らかな能力の低下だったりしたなら、あきらめもついただろう。しかし、「1回自分の足でつまずいて転んだくらい。それで心が折れて退場は軟弱すぎるだろう。それにはお前も同意してくれるだろう?」と。山西青年は「しぶしぶ、承認の“ハンコ”を押してくれましたよ」。2、3日の休養を挟んで、山西は歩き出した。