<自動車>機能が形を生む「和デザイン」 階級社会の欧州とは真逆の手法
そんな時代にマツダは、和道具の職人に学びながらクレイを削る作業をわざわざ取材しろというのだ。筆者が一番気になったのは「そんなことで労務管理的に大丈夫なのか?」という疑問だ。それに対して前述の呉羽氏は驚くべき答えを返してきた。「通常、ゼロから形を作るのに3日、仕上げまでで4日、5日目にはデータが取れてしまいます」。 それでは下手をするとCADより早い。作業を簡略化して時間効率を上げるためのCADよりも手作業のクレイ削りの方が早いなんてことが本当にあるのだろうか? 「それにはモデラーの技量と表現力を圧倒的に高めることが必要です。そのためにこうしたコラボレーションでモデラーの経験値を高めていくのです。それともう一つクレイの硬さに秘密があります」そう呉羽氏は答えた。 造形用のクレイには様々な硬さがある。マツダのクレイは硬い。一般的に硬いクレイは緊張感のある形が描ける。一方で柔らかいクレイは造形の自由度が高い。極端に言えば、柔らかいクレイは粘土や石膏に近く、硬いクレイは彫刻に近いのだ。だからかつてのBMWのデザイナー、クリス・バングル式の重厚なうねりは柔らかいクレイを盛り上げることから生まれるし、ピニンファリーナのような緊張感のある造形は硬いクレイから削り出すことで生まれる。 なぜ硬いクレーだと緊張感が高まり、かつ時間短縮ができるのか? 呉羽氏が強調するのは、硬いクレイはやり直しが大変だという点だ。硬いクレーだと、モデラーは漫然と削ることができない。基本的に一発で決めるつもりで高い緊張感を持ってクレイに向かうのだ。このあたりはクレイを削ったことがある人にしかわからない機微なのだろう。
「属人技術」のシステム化という新しい手法
モデラーの緊張感によって造形レベルを上げながら、と同時に作業時間を短縮するという発想は、自らも現役のモデラーである前田育男氏がデザイン部門の頂点にいることが大きいのだそうだ。前任のローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏が自らクレイを削る人だったのかどうかは聞きそびれてしまったが、モデリング作業を行わない欧州式のデザイナーだったのではないかと筆者は思っている。クレイを削る人だからこそ分かるモデラーの活かし方で効率改善が成されたのだとすれば、非常に興味深い話だ。 疑り深い筆者は、現場でクレイ作業の実演をしてくれた加藤氏と西村氏にも「本当に残業をしていないのか?」と聞いてみたが、どうやら本当のようである。