朝ドラ『虎に翼』汐見圭のモデル・市川四郎の妻は名家の令嬢だった!? 家庭裁判所の黎明期を支えた優秀な判事の生涯
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』は第11週「女子と小人は養い難し?」が放送中。佐田寅子(演:伊藤沙莉)が配属された「家庭裁判所設立準備室」では、破天荒な室長・多岐川幸四郎(演:滝藤賢一)を補佐役の汐見圭(演:平埜生成)が上手くサポートしていた。そんな彼の妻は、かつて女子部で寅子と共に学んだ崔香淑(演:ハ・ヨンス)だったという展開だ。今回は汐見のモデルと考えられる市川四郎氏の生涯をご紹介する。 ■家庭裁判所の黎明期を支えた優秀な人材 作中で「家庭裁判所設立準備室」の室長補佐として登場するのが、汐見圭だ。彼のモデルは、家庭裁判所設立準備室の責任者だった市川四郎氏だと思われる(多岐川のモデル・宇田川氏は設立準備段階では関わっていない)。 市川氏は明治42年(1909)生まれ。短期間で家庭裁判所設立を実現させるべく急遽立ち上げられた家庭裁判所設立準備室の責任者に抜擢される前は、東京家事審判所に勤めていた。事務処理能力が高い上に、人と人を見てうまく調整する能力にも長けていたという。 一方で思い切りの良さもあったようだ。全国に家庭裁判所を作るとなれば巨額の予算が必要になるが、大蔵省は一向に予算を出してくれない。GHQからも「予算は日本政府の責任だろう」と一旦は突き放されてしまう。ようやくGHQから「ひとまず最低限の予算を提出してみてくれ」と言われると、「それなら思い切って言うだけ言ってみよう」と1億1000万円もの巨額の資金を要請したのだった。ちなみにその後要求通りの金額で許可がおりたことをうけて、市川氏は「まさか満額認められるとは……」と驚いたと回想している。 昭和24年(1949)1月1日に家庭裁判所が完成すると、市川氏は家事担当として第1・2課長を兼務することになった。家庭局長には宇田川潤四郎氏が迎えられている。そしてこの時家事担当の局付き事務官となったのが、寅子のモデルである三淵嘉子さんだった。 最高裁判所家庭局のオフィスでは様々な議論が交わされ、家庭局の職員らは立場も性別も関係なく和気あいあいと意見交換をしていたという。市川氏もたまにウイスキーを差し入れるなどし、スルメやコロッケをつまみにして飲みながら語り合うこともしばしばだった。 ちなみに『虎に翼』の多岐川がそうであるように、宇田川氏もよく居眠りをしたらしい。大きな理想や制度そのものの設計には乗り気になるが、細かい法律や規則を決める段階になると寝入っていた。市川氏はそんな宇田川氏をサポートしつつ、居眠りについては「局長の妙技」と寛容すぎる表現で言い残していることからもその優しい人柄が窺える。 『虎に翼』では汐見の妻として寅子の女子部時代の友人・崔香淑が登場したが、史実では市川氏の妻となったのは島田精子さんという女性だったようだ(『人事興信録19・28版』に基づく)。彼女の父親である島田七郎右衛門氏は地元の名士であり、富山県で数々の要職に就いたほか、議員として町政、県政に尽力した人物だった。昭和7年(1932)には衆議院議員に当選し、昭和11年(1936)にも再選されて国政でも活躍した。 市川氏は後に内藤頼博氏、宇田川潤四郎氏の後を引き継いで東京家庭裁判所長になっている。その後全国の家庭裁判所長を歴任し、さらに昭和47年(1972)から約2年にわたって東京高等裁判所長官も務めるなど、人々の安定した暮らしと未来のために尽くし続けた。 <参考> ■清水聡『家庭裁判所誕生物語』(日本評論社) ■『人事興信録19・28版』
歴史人編集部