自らおむつ履き排せつ実験、「おむつを開けずに中が見たい」介護職員の声を実現した臭いセンサー 原点は中学時代の介護経験、提携施設で集めた5千件のデータ
▽1Kの部屋で排せつ検知の実験 宇井さんを近くで支えたのが、千葉工業大学の同級生で、現在はabaの最高技術責任者(CTO)を務める谷本和城さんだった。谷本さんは高校生のころからロボット開発に興味を持ち、大学入学後は二足歩行ロボットでサッカーをする「ロボカップ」にも参画した。ほかの企業に就職の内定をもらっていたが、宇井さんが頼み込んでabaに加わってもらった。 当時の社員は宇井さんと谷本さんの2人で、大学に近い1Kのアパートがオフィスだった。においセンサーの精度を高めるため、宇井さんが布団の中で実際におむつをはいて排せつし、谷本さんがその横でパソコンの画面を見つめる。部屋にこもるにおいも気にせず、センサーが正確に反応すると喜び合う。こうした実験を重ねた。 ▽日によって変わるにおい 介護施設の協力も得て、abaは7年かけて300人以上から5千件を超えるデータを集めた。このデータは「介護士さんたちと協力してきた証し」であり、ヘルプパッドの強みだと自負している。排せつをセンサーで検知し、においを波形のデータで示す。同じ人でも、尿と便とでは波形が異なり、食事も影響するため日によって波形は変わる。高齢者の場合、排せつが少量のことも多く検知するのは難しい。地道にデータを集め、それぞれの特徴をAIで分析してセンサーの精度を高めた。集積したデータを基に、排せつしそうな時間を予測する機能も備えるようになった。
2019年3月にヘルプパッドを発売し、既に全国の約100の介護施設が導入している。今年10月末には、従来より薄型でセンサーの存在感を小さくしたヘルプパッド2を売り出す。 宇井さんは介護の魅力と現場の課題について、こう語った。「実際に介護職をやって、介護って本当はすごく楽しんだなと感じた。その相手の人生を丸ごと支えることには、計り知れないやりがいがある。でも、今の現場は忙し過ぎてそう感じることができない。テクノロジーを使って誰もが介護したくなる社会をつくっていきたいんです」 ▽「ありがとうと感謝される」 ヘルプパッドは介護の現場でどのように使われているのか。社会福祉法人「八千代美香会」は運営する特別養護老人ホーム「ちば美香苑」(千葉市)と「朋松苑」(千葉県船橋市)で2019年にヘルプパッドを導入した。入所者のデータを集め、それぞれの人の排せつパターンに合わせたおむつ交換をするためだ。 ベッド数の多い特別養護老人ホームでは、毎日決まった時間に職員が巡回しておむつ交換をするのが一般的だ。ただ人によって排せつの時間は異なる。交換が遅くなると、尻の皮むけにつながる。排せつ物がおむつからもれると入所者は不快に感じ、衣類の交換などで職員の負担も大きい。職員がこまめにチェックし、それぞれの入所者に最適なタイミングを把握しようとしたが限界があった。
ちば美香苑の後藤直輝さんは、ヘルプパッド導入により「この人は夜中の排せつが少ないから、明け方におむつを交換しようというような運用ができるようになった」と説明した。 入所者は排せつ後、コールボタンを鳴らして職員に知らせることができる。だが、部屋まで来てもらうことを申し訳なく感じ、使用をためらう人もいる。後藤さんは「ちょうどいいタイミングで交換に行けるようになり、(入所者から)ありがとうと感謝されることが増えた」と話した。 abaは2030年までに、ヘルプパッド2の導入実績を30万台に伸ばすことを目指す。将来的には在宅介護中の個人にも広げたい考えだ。