リオデジャネイロ・オリンピックで銀メダルを手にした天才レスラー樋口黎「この競技が大好きだから絶対負けたくない」
相手のことがわかれば、不安も焦りもなくなる。
パリを懸けた世界選手権に話を戻す。減量は成功、スイッチも入った。初日は1日4試合とハード。2試合をこなし、準々決勝。コレがきつかったと樋口は言う。相手は前大会の61kg級での銅メダリスト、アルメニアのアーセン・ハルチュニャンだ。 「けっこう強いのはわかっていたんです。最初に7点取られて。7―2からのスタート。でも、5点差あっても落ち着いてひとつずつ取り返していこうという感じでした。片足タックル、一本背負い、強いローリングで冷静に勝つことができました」 準決勝は10―0とテクニカルスペリオリティ(10点差で勝利が確定)。これでパリは決まった。ただ、決勝では敗れた。樋口は「なんか気が抜けちゃったんですよね。借りは必ず本番で返します」と、笑うのだが。 さて、オリンピックである。樋口はすでに、出場するすべての選手を深く分析しているという。試合に臨む前の準備が周到なのだ。だから、試合直前になっても緊張せずに、冷静に減量に集中できるのだろう。 「相手がどのタイミングでどの技を仕掛けてくるのか。追い込まれた場面で、どういうアクションをするのか。どこが弱点なのか。そういうことが、けっこうわかっているので、そんなに不安はないですね。焦りもまったくないです。あとは自分でちょっとずつ、調整したり微修正していくという作業だけだと思っているんです。もちろん、練習しているなかで、フィジカルの部分を高めていったり、自分で試したいと思う部分はいっぱいある。常に、もっといろんなことをやってみたいという、ワクワクした気持ちで練習はやっていますね。パリでは金メダルを獲らなければいけないと思っています。やっぱり、この競技が大好きでずっとやってきて、絶対に負けたくないというココロが強いですからね」 8月5日から11日。エッフェル塔の足元にあるシャン・ド・マルス・アリーナで競技は行われることになっている。樋口の笑顔、そして勝利の女神・ニケの描かれた金メダルを首に掛ける彼に期待したい。
プロフィール
ひぐち・れい/1996年生まれ。164cm、57kg、体脂肪率4%。ミキハウス所属。4歳からレスリングを始める。小学校では2~6年まで全国大会で優勝。全日本中学選手権では1~3年まで3位。高校2年のインターハイからは無敗を誇った。2015年の全日本選手権で優勝。16年のアジア予選で優勝し、リオデジャネイロ・オリンピックの出場権を獲得。オリンピックは2位。21年、プレーオフに敗退して東京オリンピックを逃す。23年、世界選手権で2位となりパリ・オリンピック出場を決める。
取材・文/鈴木一朗(初出『Tarzan』No.881・2024年6月6日発売)