「代理出産」は女性の搾取か?桐野夏生原作NHKドラマ『燕は戻ってこない』。女性だけが負う生殖のリスクを改めて考える
◆自分の感覚について、改めて考えさせられた 悠子もたいがいだが、理紀もまた相当やっかいなキャラクターだ。先ほども触れたが、代理母の契約を結んだにも関わらず、複数の男性と関係を結ぶ。ほかにも、契約を破って飛行機で帰省したり、結婚指輪をして地元の人と会ったり、お酒を飲んだりと、やりたい放題だ。 その姿は「愚か」というほかない。目先のことしか考えられず、あまりに短絡的だ。でも、理紀というキャラクターを通して、自分の感覚について、改めて考えさせられた。 SNSでも、理紀の行動への批判は多かった。「愚かだ」という声もあった。でも、よく考えてみると、理紀へ向けられる視線は、しばしば社会的弱者に向けられるそれと重なる部分があるように思えてきた。 「良識的な判断」というのは、本人の努力だけでできるものと思われがちだが、そうではない。積み重ねてきた知識、受けてきた教育、忍耐や他者への配慮を育む環境ーー。そういったものが合わさって、行動に繋がる。 あらゆるものが乏しかったがゆえに、目先の欲望や利益だけを見て動いてしまう。それが「持った側」からすれば「愚かだ」と映るだろう。
◆女性がいかに不安定で危険な立場に置かれるか もちろん理紀の行動は褒められたものではないが、そんなに簡単に断罪できるものなのか、と自問自答する自分もいる。 この物語がフェアだな、と思うのは、殊に「生殖」という営みにおいて、女性がいかに不安定で危険な立場に置かれるか、を描き出すところだ。女性の身体を買う側、また売買を斡旋する側は、「本人が望んだのだから」とか、「人助けだ」とか、美辞麗句を並べて、正当化しようとする。でも、悠子の友人で春画画家のりりこは、「搾取だ」と断罪する。 理紀は双子を妊娠、壮絶なつわり悩まされた後、予定日より前に破水し、出産は緊急帝王切開になってしまう。出産を経験したこともない男性が、「自然分娩より楽だろう」などとのたまうが、実態は壮絶極まりない。理紀は術後激しい痛みと高熱にうなされる。腹を切り開くのだから当然、しばらくの期間強い痛みに悩まされる。 一方父親である基は颯爽と病院に現れる。男だから当たり前なのだが、その対比に目眩がする。男は一切身体的負担を負わなくていい。なぜ女性だけ、生命をも危険にさらさなければならないのか。 理紀は、基と悠子にもこの痛みをわかってほしい、ふたりにもお腹を切って欲しいくらいだ、と言う。この理紀の気持ち、よくわかる気がする。 理紀は帝王切開の傷を負うことになった。「自分の子なら勲章、他人の子なら烙印」。今後恋人が出来たとして、その傷をなんと説明するのか。理紀はその傷を一生背負うことになる。
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