「代理出産」は女性の搾取か?桐野夏生原作NHKドラマ『燕は戻ってこない』。女性だけが負う生殖のリスクを改めて考える
◆悠子の様子がおかしくなる でも、理紀が契約に反し、基との人工授精予定日の数日前に複数の男性と関係を持ったことを悠子に打ち明けるあたりから、悠子の様子がおかしくなる。妊娠した子どもが基の子かわからないから、中絶して人工授精をやり直すと言う理紀に対し、自分が育てるから中絶だけはするな、基には内緒にしておこう、と言い出すのだ。 基に内緒にするなんて、無理があるにも程がある。成長と同時に顔が似ていなかったりして、遺伝子検査でもされれば一発でバレる。中絶期限は迫るのに、悠子は中絶だけはダメ、産んで、と頑なだ。 しかし悠子は、結局自分だけで抱えられない、と基に子どもの父親が誰だかわからないという事実をあっさり告げてしまうのだ。困惑する基に対して、 「私たちの都合で命を宿らせたのよ」 「ぜんぶあなたが招いたこと」 と基を責め立て、 「見殺しにしても平気なの」 と中絶しないことを迫る。悠子は「不育症」で、何回も基との子どもを中絶した経験があるのだ。 いや、父親が誰だかわからない状況にしたのは完全に理紀のせいだけど……と思わずにはいられない。絶対に中絶させないことにこだわる悠子だが、本当の母親が育てた方がいいからと、自分は育てないと言い出す。(草桶夫婦は代理母出産計画のため、便宜上離婚し、基は理紀と婚姻届けを出し、夫婦関係にある)
◆完全なる闇落ち 自分だけは良心的、みたいな顔をして、中途半端な正義感で周りを最悪の状況に引きずり込むのだ。さらに、悠子がいなくなれば育てる母親がいなくなることを危惧した基が、母親として子育てするよう理紀を説得してほしいと悠子に頼む。悠子は理紀を説得するが、元々産んだらいなくなることが条件だったのだから、当然理紀は反発する。 それに対し、悠子は複数の人と関係を持つという契約違反をした理紀に、基が出産の追加報酬を払うと思うか? と言い出す。母親として子育てするという条件を飲めば、約束通り報酬は支払われるのではないか、というのだ。半ば脅しのような発言をしだした悠子。完全なる闇落ちだ。 しかも、子どもが生まれると、やっぱり育てたくなったから基と復縁する! と言い出すのだ。自分が育てるから産んで→やっぱり育てない!→やっぱり育てたい! とものすごい変遷だ。 はたから見ていると、あまりに身勝手で自己中心的。周りを振り回すのもいい加減にしろ、と言いたくもなる。でも、この物語のすごいところは、こういう人間の感情の動きも、実際ありうるものかもしれない、と思わせるところだ。生身の人間の感情とは、きっと私たちが思う以上にわかりにくく、移ろいやすく、やっかいなものなのではないか。
【関連記事】
- 『虎に翼』「あー、あああ、あーあーあーあ!」穂高の謝罪と反省を前に、怒りを抑えきれない寅子。視聴者「この場で非難はダメ」「理解出来ても共感は…」「桂場の心配りにまで泥を」
- 1000万円で他人の子を宿して産む…NHK『燕は戻ってこない』代理母や貧困をテーマに「共感できないがリアリティがある」異色作
- ヒオカ「世間が作った〈普通を通れない人は可哀想〉という偏見。人間の数だけ普通、欲望、幸せがあるのに」
- 朝ドラ『虎に翼』制作陣が作品に込めた思い。「“弱い立場の人みんなに届け”と願いながら」「昔の話だけど昔の話じゃない」
- 『光る君へ』にも登場する?道長ら平安貴族の嵐山での舟遊び。「三舟の才」と称えられた公任が歌に詠んだ名古曽の滝はどこに